何の装飾もない、グレーの細い毛糸で丁寧に織られた手ぶくろ。
きっと大切なものなのだろう。テーブルの上に丁寧に重ねて置いてあるから。まあ、忘れていったわけだけど。
店の外に目をやるが、それらしき人はいない。この寒空の下、大事な手ぶくろが無くなっていたら、すぐに気づいて戻ってくるだろう。そう思い、テーブルを片づけ始める。
ケーキが1皿に、コーヒー1杯。砂糖もミルクも手をつけていない。お皿は綺麗に保たれていて、食べカスも殆どない。美味しく頂いてくれたみたいだ。
食器を洗い場に流し込み、テーブルのセッティングが済もうかという頃、寒い風が入り込み、チリンチリンとベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
顔をあげながら反射的に接客モードに入る。
入ってきたのは、背の高い、シュッとしたお爺さんだった。綺麗に整えられた白髪、コートに身を包むその様は英国紳士のような印象を抱かせる。
「すみません、先程こちらで食事したのですが……」
「あ、手ぶくろですか?」
老人の顔が、パッと明るくなった。
「そうです! こちらに忘れていないかと思って!」
「すぐお持ちしますね」
レジの裏に回り、手ぶくろを手に取る。
「こちらでしょうか?」
「ああ、それです。妻がもう何年も前に編んでくれたもので……失くしたらなんと言われるか……」
口ではそう言いながらも、奥さんのことを話す彼はどことなく嬉しそうだった。
「見つかってよかったです。寒いのでお気をつけて」
手ぶくろを渡しながら、そう告げる。老人は頭を下げ、「ご親切にどうも」と言って街の中に消えていった。
「いい人だったなぁ」
彼が出ていった後、なんの気なしに呟いた。物腰柔らかく、丁寧で、愛情深い。あんな人間になりたい。そう思わせる、不思議な魅力があった。
『手ぶくろ』
12/27/2022, 12:24:00 PM