浜崎秀

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9/21/2022, 1:24:52 PM

君に初めて会ったのも丁度今日のような冷たいの吹く頃だった。
大学への通り道、大きな公園。葉はすっかり黄色に染まり、ベンチにも地面にも落ち葉が溢れていた。僕にとっては色が変わっただけでいつも通りの景色。その中に君がいた。
何やら興味深げに木々を見つめている。写真を撮るわけでも落ち葉を集めるでもなく、ただ観察している。
どうしてそんなことしたのかはわからない。純粋に興味があったのかもしれないし、もしかしたらただの下心だったかもしれない。僕は君に話しかけた。
「あの」
「シッ」
君は静かに静止すると、木の上の方をゆっくり指差した。
茶色い木の枝の上、少し薄い色をした何かが動いている。
リスだ。実物を見たのは初めてだった。せっせと動き回り、周囲を観察している。
ちらっと隣を盗み見ると、彼女は目を輝かせ、時折「わあ」とか「ええ」とか独り言を言ってる。何とも不思議なことだが、あの秋の日の君は世界中のどんな人間よりも魅力的に思えた。

あの日から50年が過ぎた。秋になると毎年2人で例の公園まで散歩に来る。
「リスいるかな?」
「いるといいな」
この言葉も今ではお決まりの挨拶みたいなものだ。

あの年のあの秋の日。それ以来ここでリスを見たことはない。
人生でたった一度見たあの日、リスは運命の人を連れてきてくれた。
もう一度ここで会えたら、「ありがとう」ってそう伝えたい。

『秋』

9/20/2022, 3:13:48 PM

どうしてかな、あなたはいつも傷だらけで帰ってくる。あなたのことだからきっとまた誰かを助けて無茶したのだろう。
「みんなが無事ならそれでいい」ってあなたは豪快に笑うけれど。
「みんな」の中にきっとあなたは入っていない。
私にできることは帰る度増やしてくる傷の手当てと、別れ際の「気をつけてね」の言葉だけ。
もっと自分を大事にしてほしい。私たちの身体は、もうすぐ私たちだけのものじゃなくなるから。
最後の任務の日、彼にそう伝えた。彼は驚いていたけれど、力強く「必ず戻る」ってそう言ってくれた。



あの日から20年が経った。私たちの息子は立派に成長し、父親の仕事を志すようになった。会ったことはないはずなのに、彼に似て強く優しく育った。
だから私は反対した。息子もきっと、彼と同じように遠くへ逝ってしまうんじゃないかって。それが怖かった。
息子は「大丈夫」って根拠もなく笑う。
ああ、まただ。目元がクシャッとなるその笑い方。そうやって笑いかけられると何故だか安心してしまう。
「気をつけてね」別れの日にでた言葉はそれだけ。「自分を大事にね」本当はそう言いたかったけど、不吉な気がしてやめた。
代わりに心の中で彼に祈る。
『あの子を守ってあげて』
風が吹いた。
「任せとけ」
なぜだか、そう言われた気がした。

『大事にしたい』

9/19/2022, 12:42:43 PM

君を見てる時間が一番幸せなんだ。相手は私じゃなくていい。君が誰かと話してて、楽しそうに笑っている。その瞬間を盗み見るのが好きなんだ。それ以上も以下も望まない。君は気付いているのかな。私の存在にすら気付いてないかもしれない。君にとってはなんてことない日常なんだろうけど、私にとっては生きる希望なんだよ。できることなら、あの一瞬が永遠に続けばいいのにな、なんて。
柄にもなくそんなことを祈るくらいには、好きだよ。

『時間よ止まれ』

9/18/2022, 2:04:57 PM

僕の職場は車で一山超えたところにあって、毎日都会から車を走らせて隣町まで通勤している。当然帰る頃には日も暮れていて、家に着くのはすっかり夜中だ。ただ悪いことばかり、というわけでもない。夜中に山道を走らせていると木々が晴れるところがあり、そこから都会の様子が少し覗ける。そこから見える都会の夜景は絶景の一言だ。眼科に広がる無数の光、その遥か上を車で走る疾走感。なんだかんだこれがあるから仕事も続いている。
だけどある時気づいてしまった。あの光の正体は住民一人一人の帰るべき家だ。じゃあ自分の家は?一人暮らしで毎日が家と職場の往復。仕事の出会いはおっさんばっかりだし休日は寝てる。当分は家庭を持てる余裕なんてない。あの都会の光の中に自分の家は入っていない。不思議だ。家は確かに存在しているのに、仲間はずれにされたような、言い知れぬ疎外感を感じる。

前を向き、アクセルを踏み込む。車は暗闇に消えていく。

『夜景』

9/17/2022, 1:14:31 PM

花畑。天国の代名詞としても使われる美しい景色。花が集まれば虫が寄ってくる。虫は捕食者を呼び、捕食者はより高次の捕食者を集める。美しい花弁の裏側は日々命の奪い合いだ。血を流し、骨となり土に還る。血を吸った花は更に美しく咲き誇る。甘い蜜に誘われたなら、もう逃げ帰ることはできない。

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