夜々々

Open App
8/2/2023, 12:49:08 PM


#病室


毎朝、数秒だけ病室の窓を見やっていた。

最寄り駅を抜けると、歩道橋から大きな病院が見える。このあたりに温泉はないが、何故か名前には「温泉病院」とある、不思議な田舎の質素なつくりだった。2階、3階、と階層が上がるにつれて窓の間隔は均等に並び始める。おそらく個室、患者が過ごすための部屋。

生まれてこの方、入院したことがない。それはとても幸福なことだが、不謹慎にも入院とはどういったものなのかしら、と考えることがある。未知の魅惑だ。無知の知を持っているからこそ、興味関心がふつふつと湧き出てくる。

窓がある。しかしあの窓から病室の中は見えない。せいぜい、空き部屋と思しきカーテンやら点滴が辛うじて確認できるだけだ。私の持つ窓から見えるのはそれだけであり、未知の魔力が消えることはない。
では逆は? あの病室の窓から、外を眺めると一体どんな景色になるのか。そこから見下ろした歩道橋はどうなっているのか、そして窓を見上げる私はどれだけちっぽけに見えるんだろうか。

「ちっぽけだなどと、失礼だ」。こういった考え事には決まってこの言葉で蓋をする。誰だって、自ら望んで入院などしない。病室に蔓延るもどかしさ、不安、退屈、そういったものに押しつぶされそうになっている人だっているかもしれない。そこから見たら、私は五体満足、至って健康、異常なし、オールグリーン。一体どうしてちっぽけに見える理由が存在するだろう。

与えられた日常をそのまま維持し続ける、そうして私は今日だって最寄り駅から高校までの坂道を登る。それはきっと他の誰かの持つ窓から覗けば、夢見た憧れであるはずだから。

8/1/2023, 1:16:20 PM


#明日、もし晴れたら


屋上いこっか。
明日いっしょに帰ろうか、って言われたかと思った。それぐらい、君は滲んだ笑顔でそう言っていた。

梅雨入りした学校の中は、吸い込んだ息もじめじめしていて酸素が深く取れなかったような気がする。学校だけじゃない。世界がそうだった。どこに行っても灰色の空がぐわりと覆い被さってくる。君はずっと前から屋上に行きたがっていたから、来る日も来る日もカーテンの隙間から太陽を探そうとして、いつもため息をついていた。

それでも天気予報はずっと傘をさしていて、とうとうしびれを切らしたんだろう。君はずっとずっと屋上に行きたがっていたし、ずっとずっと我慢をしてきていたんだよね。踏み出したくても踏み出せなかった日々から、踏み出したくても踏み出せなかった日々へ、もどかしく、ゆっくりと。
「うん」
僕は君の手を取る。隣にいるから大丈夫だって、口よりも温度で伝える。離さないように。最後までずっと君といれるように。

明日、もし晴れたら。
やっと一緒に死ねるんだね。

8/1/2023, 10:11:21 AM


#だから、一人でいたい。


基本的に私は面倒くさがりだ。クラスの人間関係で誰が誰かを誰かにどうしたとかそういうことで気を揉んだりどことなくこうであれ、と空気が私の頭を押し付ける重みが嫌になる。
だから、一人でいたい。

テーマパークもあまり行ったことがない。人が多すぎるから。あまり体力もない私が行った所で、楽しみよりも絶対に憎しみが勝るに違いないのだから。大多数が楽しみに包まれる中、陰気な顔をした人が果たして夢を見られるのだろうか。
だから、一人でいたい。

なんちゅう変わり者だと思った。なぜならこんな面倒くさがりな私に近づいてきた者がいるからだ。あなただ。得体の知れなさに恐怖と、それから少しの興味がことこととお腹の底から湧いてくる。でも今はそれをする勇気も度胸もない。
だから、一人でいたい。

あなたに釣り合わないと思った。お人好しのように見えて結局はただの八方美人な私は、まっすぐにこちらを見つめてくるあなたの視線に耐えられない。どうしてそんな目で見てくる。どうしてそんなによくわからない熱量でこっちに飛び込んでくる!? 分からない。わからない。
だから、一人でいたい。

あなたが好きだ。大好きだ。だからあなたにこんな顔を見せて心配をかけたくない。あなたは眉をハの字に下げた顔よりも、向日葵のように満開の顔をこっちに向けている方がずっと似合うし、私はそれが見たくてあなたの隣にいる。私が居ることでその花を咲かせることが出来るのなら。
だから、いまは一人でいたい。

そうして私は一人で居続けた。
一人になると、あたりはしんと静かになる。
……。
……………。
…………………。
…………………………。







でも待ってほしい。

一人でいたい、なんて私のわがままでしかない。一人でいたい、なんて気持ちはずっと一人だったら生まれてこない。
他の誰かが他の誰かを他の誰かにどうしてる所を見たり聞いたりして、他の誰かと話して、テーマパークに行ったりなんかして、あなたと笑って、歌って、踊って、そうしてだれかといることで、はじめて「一人」が分かるんじゃないのか。

私は一人でいることが苦じゃない。でも、その一人でいることの良さが分かるのは、だれかが居てくれたおかげだ。
今、あなたが居てくれている。「あなたのおかげで」がたくさん、たくさんある。今までも、そしてきっと、これからも。

だから、あなたといたい。

7/29/2023, 1:37:32 PM


#嵐が来ようとも


雨ニモマケズ風ニモマケズ、たとえ嵐が来ようとも。
「こんにちは」
うわ。嵐だ。嵐が来てしまった。
嵐が来ると部屋の中はぐしゃぐしゃになる。電気は止まる、窓はガタガタと音を鳴らす、心もとなくて仕方がない。そんな嵐が来た時に、私はいつもこう尋ねる。
「なんで来ちゃったの?」
「もう、そんなこと言わんといてくださいよ」
そして嵐はいつもこうやって口答えをする。
「嵐やて困らせたいおもてやってるんとちゃうんです」
そうやって口をすぼめている。ええい善人ぶりやがって。たとえ嵐が来ようとも私は負けないぞ。
レジャーシートをタンスから引っ張り出し、キッチンに置いていたサンドイッチ入りの弁道箱を持ってくる。嵐の座る横にシートをひいて、私はどかりと座った。
「嵐が来たって、私は今日ピクニックがしたい気分なんだ」
ん、とサンドイッチを一つ嵐に渡すと、目の前の嵐はおずおずと両手で受け取った。恐縮しているようだけど、その顔は少しほころんでいる。

雨ニモマケズ、風ニモマケズ、たとえ嵐が来ようとも。私は私の嵐を大事にしたいんだ。

7/28/2023, 3:41:38 PM



#お祭り


お祭りというと、何となく夏祭りを真っ先に思い浮かべてしまいそうになる。そこには熱狂がある。ええじゃないかと手を叩いき、はしゃいで浮かれて、非日常へとざぶざぶ、あっという間に潜ってしまえる。お祭りには、そういった浮足立った空気を感じ取る。それは何だか、虫さされに似ているかもしれない。じわじわと身体の中を蝕んでゆき、気がついたらもう「そういう風に」なってしまっているのだ。花火大会だとか、浴衣姿だとか、金魚すくいに射的に、それからあとは、まあいろいろと。からころと鳴る下駄の音。肺の奥底に滑り込む和太鼓の振動。暫く歩き疲れて張って来た脚と、じんわり汗でにじんで動きづらい背中を忘れてしまいそうになる。暑さは異様な熱さの厚さが重なっていて、ああなんでこんなことを言っているんだっけか。

そうだ、夏祭りの話をしていたんだ……。お祭りというと、何となく夏祭りを真っ先に思い浮かべてしまいそうになるが、別にお祭りは夏だけに集中してやってる訳でもない。青春に挟み込まれてる文化祭だって祭の一文字は入っている。フェスティバルなんて祭を英語にしただけだ。こういった類のものは春夏秋冬、見渡せばどこかにはある。そうした中で、夏祭りだけ、何か特別なものを持っているような気がする。

夏の魔法とやらの力がはたらいているのだろうか。夏祭りに人は幻想を持ちすぎているのだろうか。そうでも言っておかないと、お祭りの後にやってくるあの何とも言えない静けさの中にある胸騒ぎを説明できる自信がなくなってしまう。魔法の解けたシンデレラみたい。あんなに大急ぎで帰っていくものでもないけど、微かな焦燥感が拭えない、気持ち悪くもあり気持ちよくもある、あの心地は、そんなように思えるのだ。

夏祭りの虜になる。夏祭りのお姫様になる。ああまったく、なんてプレイボーイなお祭りなんだ。


Next