夜々々

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#病室


毎朝、数秒だけ病室の窓を見やっていた。

最寄り駅を抜けると、歩道橋から大きな病院が見える。このあたりに温泉はないが、何故か名前には「温泉病院」とある、不思議な田舎の質素なつくりだった。2階、3階、と階層が上がるにつれて窓の間隔は均等に並び始める。おそらく個室、患者が過ごすための部屋。

生まれてこの方、入院したことがない。それはとても幸福なことだが、不謹慎にも入院とはどういったものなのかしら、と考えることがある。未知の魅惑だ。無知の知を持っているからこそ、興味関心がふつふつと湧き出てくる。

窓がある。しかしあの窓から病室の中は見えない。せいぜい、空き部屋と思しきカーテンやら点滴が辛うじて確認できるだけだ。私の持つ窓から見えるのはそれだけであり、未知の魔力が消えることはない。
では逆は? あの病室の窓から、外を眺めると一体どんな景色になるのか。そこから見下ろした歩道橋はどうなっているのか、そして窓を見上げる私はどれだけちっぽけに見えるんだろうか。

「ちっぽけだなどと、失礼だ」。こういった考え事には決まってこの言葉で蓋をする。誰だって、自ら望んで入院などしない。病室に蔓延るもどかしさ、不安、退屈、そういったものに押しつぶされそうになっている人だっているかもしれない。そこから見たら、私は五体満足、至って健康、異常なし、オールグリーン。一体どうしてちっぽけに見える理由が存在するだろう。

与えられた日常をそのまま維持し続ける、そうして私は今日だって最寄り駅から高校までの坂道を登る。それはきっと他の誰かの持つ窓から覗けば、夢見た憧れであるはずだから。

8/2/2023, 12:49:08 PM