「砂時計の音」
目を覚ませば 変わらない朝の日差し
窓から見える桜は 君にもまだ見えているかな
退屈だって かけがえない日々の一頁だ
そんな当たり前にさえ気がつけないほどに
幸せだったんだ
砂時計が落ちる音は 時間よりも静かで
君のやさしい嘘にさえ 僕は気が付けなかった
いつものように笑って 夜を明かそう
どうかこの涙が 君に気づかれませんように
目を閉じれば 変わらない夜のまどろみ
今日こそ見る夢の中で また君と会えるかな
小さなケンカだって 君がいたから出来たんだよ
そんな当たり前にさえ気がつけないほどに
幸せだったんだ
砂時計が落ちる音は 夜明けよりも静かで
君のやさしい嘘にさえ 僕は気が付かないふりをした
いつものように笑って また朝を迎えよう
どうかこの涙が 君に気づかれませんように
どうかこの泣き顔が 君に見つかりませんように
最期は静かにありがとうって ちゃんと聴こえたかな
消えた星図
とある森の奥にある、人里離れた小屋。
学者のフレックスは、そこでひとり、星を観測し続ける日々を過ごしていた。
そんな彼の元に、ある日、一人の少女がやってきた。
少女はリリィと名乗り、身の回りの事を手伝うだけでなく、フレックスも知らない星や宇宙の知識を持っていた。
いつしか、フレックスにとって、リリィと過ごす時間はかけ替えのないものになっていった。
――そうして何年かが過ぎた、ある夜のことだった。
「フレックスさま。 まだ起きていらっしゃるのですか?」
フードを目深にかぶり、ランプを片手に持ったリリィが、フレックスの寝室の戸を少し開けて声をかけてくる。
少女の黒いコートにちりばめられた金の装飾が、ランプの揺れる灯りに反射して、部屋の天井に星空を描く。
「ああ、今日も寝付けなくてね」
フレックスは気だるそうに頬杖をついて、机に何かを広げ、その上に遊ぶように万年筆を転がしていた。
「星図」のように見えるそれは、奇妙なことに所々が黒く塗りつぶされ、欠けていた。
フレックスは、部屋の窓から見える夜空に向かって手を伸ばした。
「やはり、昨日よりも……」
そう呟くと、欠けた星図の上に筆を走らせ、残った星の一部を黒く塗りつぶした。星図に描かれていた星は、もう紙面の半分もない。
――数年前から、徐々に星が消えはじめたのだ。
フレックスも、最初は気のせいかとも考えた。しかし、今ではもう星は数えられるほどに少なくなっていた。
フレックスには、これが一体何を意味しているのか。それを知る術はなかった。
ただ、少なくとも、何か良くないことが起きる前触れだとは感じていた。
「あまり無理をなさらないでください。 倒れては意味がありませんよ」
「ああ、わかっている。 わかっているよ」
リリィがフレックスの肩に優しく毛布をかける。
「最近、妙な夢を見るんだ」
フレックスは、ぽつりとこぼすと、頭を抱えて机に伏した。
「黒い……どこまでも広がる暗闇の中を歩き続けていると、どこからか美しい唄が聴こえてきて……。 耳をすませていると、それがいつしか沢山の人々と動物の悲鳴に変わり、激しい風が吹き荒れて……そこで、いつも目が覚めるんだ」
リリィが足元にランプを置き、震えるフレックスを背中から抱き締め言葉をかける。
「フレックスさまも、ようやく唄をお聴きになられたのですね」
「リリィ?」
言葉の意味を、フレックスは上手く呑み込めなかったが、リリィの声色は母のように優しく、どこか愛すら感じるほどだった。
「ああ、良かった。 これできっと一緒になれます。 大いなる神々も、私たちを認めてくださることでしょう」
「リリィ……君は」
いつの間にか、空からは星が消え、塗りつぶしたような黒が延々と広がっていた。
どこからか、美しい唄が聴こえる。
ランプの灯りに照らされ、伸びるリリィの影には、無数の触手が蠢いていた。
愛 - 恋 = ? ※ホラー描写注意
放課後の図書室。
校内には、先ほどから帰宅を促すアナウンスが流れはじめ、ほとんどの生徒はもう下校し始めている。
今、この場所には、私ひとりしかいない。
夕刻の茜と夜の紫の狭間の色が部屋を染め、ときおり冷たい秋風が静かに窓から吹き込んでくる。
まるで、絵画の中に迷いこんだような、非現実的な光景に侵食されていく。この瞬間が、この時間が何よりも心地いい。
――この場所が、私は一番好きだ。
図書室の中を、あてもなく歩き回る。
ふと、なんとなく目に止まった本を手に取ると、裏に妙な落書きが書かれているのを見つけた。
「……なんだろう、 これ」
――日常の景色が、非日常に変わる瞬間がある。そして時折、非日常が、一足わずかの境界線を越え、好奇心という餌を撒いてこちらを見つめてくる時がある。
私は、それらを見つけるたび、浮遊するような甘美な感覚にしびれ、静かな感動に浸る。生きている実感を得られるのだ。
今が、まさにその時だった。
私は、撒かれた餌に食いつく事を選んだ。
大抵、そうした選択は良いことを招かない。古い教えにも、そう言われているが。
知ったことか。好奇心を原動力に、私はその先へと踏み込んだ。
「愛 - 恋 = ?」
厚くかぶさったほこりを指でなぞり取り、一文字づつ確かめるように声に出す。
所々、黒ずんだ染みの目立つ、分厚い本。
何かで張り付いているのか、本はぴくりとも開かなかった。
「方程式……。 謎かけ、かな?」
大抵、こうしたものは、蓋を開ければ何のことはない。例えば、「卒業した女学生とかが、憧れのセンパイに残した子供の遊びの名残」だとか。そんな程度のものだろう。これが、そんな安っぽい恋愛小説から引っ張ってきた冗談などではないことに期待しながら、思考を巡らせる。
……足して「恋愛」と読め、とでもいうのなら、陳腐にも程がある。しかし、引けと書いてあるのは、いい具合に不可思議だ。
「愛から、恋を引く。 か」
愛が成就の先なら、恋は大抵の場合において片想いをさす言葉だ。片想い……。
「愛の中から、恋を、片想いを引く?」
日本語の体をなしていないが……。こういう類いのものは、常識から離れて、まずは出鱈目にカードを並べていくほうが答えに近づきやすいはずだ。更に、思考を続けていく。
「愛は双方向で、恋は片想い」
逆に言えば、ふたつの恋が結ばれて形をなし、様々な形の愛に成る。
なら、その愛から恋がひとつ引かれれば、残った愛はどうなる?
私は、論理を一旦棚に上げ、直感に委ねて答えを探す。
「愛は、片割れを失えば……」
愛は二人で成立する。なら、恋は、もうひとりの誰かのメタファー?
とすれば、この方程式で引かれたのは、愛を作っていたもうひとりの「大切な誰か」。
少し、想像と違う不穏な流れに、嫌な予感がよぎる。しかし、ここまで来て引き返せる訳もない。
私は、もう少しで捕まえられそうな答えを手繰り寄せるため、再び思考の海に両手を突っ込んだ。
「大切な存在がかけた愛は、いつしか悲しみで傷痕から腐り出し……」
癒えない傷は、愛を殺し。殺された愛はいつしか……。
いつしか、愛は……「呪い」に変わる?
「っ!」
自分の脳裏に浮かんだ答えに強烈な寒気を覚え、思わず本を放り投げる。
はっと我に返れば、幻想的な絵画のようだった図書室の中は、いつの間にか真夜の黒に潰され、天井に並んだ不規則に明滅する古い蛍光灯の明かりだけが手元を照らす、死んだ空間へと変わっていた。
そう、全ては私の妄想で、答えがあっている確証など、ない。
けれど……。明らかに部屋の空気は変わり、心が、本能が警告を鳴らし続けている。
――私は、なにか見つけてはいけない得体の知れないものに触れてしまったのだろうか?
冗談じゃない。好奇心ごっこは終わりだ。猫と一緒に殺されてはたまったものではない。私は、真っ直ぐに図書室の出口へ走った。
「みつけてくれてありがとう」
刹那、氷のような風が足元から吹き抜けていく。生気のない女の声が、すぐ後ろから聞こえた。足が、動かない。振り返ることはおろか、指一本すら動かせなかった。
冷や汗が、絶え間なく頬を伝う。
愛は、大切な「恋」を引きさかれ、その悲しみは傷になり、傷は愛を殺し。
――そして、愛を呪いに変えた。
そして、その呪いは、誰かに見つけてもらえるその日まで、ここで眠っていた。
「あ、な……た、は……」
絞り出した声は、蚊のなくように細く、もはや息がひゅうとぬけるばかりだった。
冷たい指が、ゆっくりと私の首をなぞる。
あなたは、ずっといっしょ、だよね。
――誰もいない図書室には、空いた窓から時折冷たい夜風が吹き込み、重いカーテンをゆっくりとゆらしていた。
床に落ちた本が、ぱらぱらと風にめくれていく。
本の最後のページには、仲むつまじそうに寄り添う二人が描かれていた。
梨
梨は、きらいだ。
甘ったるくて、なんか口もかゆくなるし。
私は、どうしても好きになれなかった。
でも、あの人は梨が好きだったな。
「ラ・フランス」とかなんとか言って、意外と種類があるんだよーって。あくびを噛みながら退屈そうな私を置いて、ずっと梨の魅力をきらきらと語っていたっけ。
自分の作った品種を、世界の人に食べてもらうのが夢だとか彼は言って。
その時は、たあいもない、ささいな日常の会話だと聞き流していたっけ。
――私が、彼と出会ったのは、ほんのささいな偶然だった。
ある、蒸し暑い夏の日の暮れ。
自転車で、バイト先からの帰り道。
うっかり側溝にはまり、チェーンが壊れ、途方に暮れていた私を助けてくれたのが彼だった。
近くの農家の一人息子だったらしく、そこはいつも通る道だったそうだ。
大丈夫ですか、と声をかけてくれた時の、あの屈託も下心もない子供のような瞳は、今でもときおり思い出す。
私が、彼のことを好きになるのに、時間はいらなかった。
色んな場所に行こう。おいしいものを食べにいこう。
そんなささやかな約束が増えるたび、彼との未来はきっと幸せなものになるのだと。私は、彼の優しさに寄り添う甘い時間につかり、夢の中で過ごしていた。
夢が覚めるのはいつも唐突だ。
夜。病院からの電話。
彼が事故に遭った、という一報だった。
猫を追いかけて道路に飛び出した子供を助けて、トラックに跳ねられたという。
――子供は助かったが、彼は即死だった。彼は、最後までやさしい人だった。
でも、あの人は私を置いてきぼりにして、先にいってしまった。
一つも果たせなかったささいな約束と、すこしの思い出を残して。
私は、梨がきらいだ。
匂いも、甘さも、かゆさも。夢のような、ささやかな日常が確かにあったことを。
ずっと先にあったかもしれない、幸せな未来を。
あの人の笑顔を。あの人のやさしい声を。どうしても思い出してしまうから。
私は、最後の一口を口に入れ、ろくに噛まずに飲み込んだ。
それでも、やはり口のなかには、甘さとかゆさが暫くのあいだ、しつこく残り続けていた。
やはり、梨は好きになれそうにない。
だって、こんなに悲しい味のする果物なんて、他にしらないから。