秋茜

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消えた星図

とある森の奥にある、人里離れた小屋。
学者のフレックスは、そこでひとり、星を観測し続ける日々を過ごしていた。
そんな彼の元に、ある日、一人の少女がやってきた。
少女はリリィと名乗り、身の回りの事を手伝うだけでなく、フレックスも知らない星や宇宙の知識を持っていた。
いつしか、フレックスにとって、リリィと過ごす時間はかけ替えのないものになっていった。
――そうして何年かが過ぎた、ある夜のことだった。
「フレックスさま。 まだ起きていらっしゃるのですか?」
フードを目深にかぶり、ランプを片手に持ったリリィが、フレックスの寝室の戸を少し開けて声をかけてくる。
少女の黒いコートにちりばめられた金の装飾が、ランプの揺れる灯りに反射して、部屋の天井に星空を描く。
「ああ、今日も寝付けなくてね」
フレックスは気だるそうに頬杖をついて、机に何かを広げ、その上に遊ぶように万年筆を転がしていた。
「星図」のように見えるそれは、奇妙なことに所々が黒く塗りつぶされ、欠けていた。
フレックスは、部屋の窓から見える夜空に向かって手を伸ばした。
「やはり、昨日よりも……」
そう呟くと、欠けた星図の上に筆を走らせ、残った星の一部を黒く塗りつぶした。星図に描かれていた星は、もう紙面の半分もない。

――数年前から、徐々に星が消えはじめたのだ。
フレックスも、最初は気のせいかとも考えた。しかし、今ではもう星は数えられるほどに少なくなっていた。
フレックスには、これが一体何を意味しているのか。それを知る術はなかった。
ただ、少なくとも、何か良くないことが起きる前触れだとは感じていた。
「あまり無理をなさらないでください。 倒れては意味がありませんよ」
「ああ、わかっている。 わかっているよ」
リリィがフレックスの肩に優しく毛布をかける。
「最近、妙な夢を見るんだ」
フレックスは、ぽつりとこぼすと、頭を抱えて机に伏した。
「黒い……どこまでも広がる暗闇の中を歩き続けていると、どこからか美しい唄が聴こえてきて……。 耳をすませていると、それがいつしか沢山の人々と動物の悲鳴に変わり、激しい風が吹き荒れて……そこで、いつも目が覚めるんだ」
リリィが足元にランプを置き、震えるフレックスを背中から抱き締め言葉をかける。
「フレックスさまも、ようやく唄をお聴きになられたのですね」
「リリィ?」
言葉の意味を、フレックスは上手く呑み込めなかったが、リリィの声色は母のように優しく、どこか愛すら感じるほどだった。
「ああ、良かった。 これできっと一緒になれます。 大いなる神々も、私たちを認めてくださることでしょう」
「リリィ……君は」
いつの間にか、空からは星が消え、塗りつぶしたような黒が延々と広がっていた。
どこからか、美しい唄が聴こえる。
ランプの灯りに照らされ、伸びるリリィの影には、無数の触手が蠢いていた。

10/16/2025, 12:27:39 PM