海の色は空の色を写す鏡だと、聞いたことがある。
割れるような晴天では青に、垂れ落ちるような曇天では灰に、そして、すべてを呑み込む夜の闇の中では黒になるらしい。
それを知ったとき、ああ海は空に恋をしているのだと思った。届かないと分かりきった恋を、ただその深みに隠して生きているのだ。どんなにか苦しい恋だろう。どんなにか大きな痛みだろう。
己の身にさかなたちや、海藻や、貝やさまざまな命を抱えた母のような大きな海が、ただ広くずっとそこにあり続け、万物に恵みを与える寛大で自由な空に恋をしている。
美しい恋だと思った。苦しい恋だと思った。こんな恋を、してみたかった。
No.11【夜の海】
貴方のつくる音が好きだった。あなたの思想が、世界が、脳みそが。貴方が存在しているというだけで、救われるような気持ちだった。貴方のつくる世界が、どれだけ小さくともこの世界のどこかに存在してくれている。それだけでよかった。
貴方は、私がこの星で呼吸を重ねる理由だった。
貴方は、いつだって完璧だった。素晴らしい音を、正解より正解の音を、きたないせかいに美しく産みおとしていた。
ステージが終わると貴方は、やさしく、はかなく、つよく、うつくしく咲き誇った音をいくつか置いて逃げるようにそこを引き上げてしまう。あぁ会いたい。つたえたい。貴方が、貴方の音が、美しかったこと。
楽屋におはなと、プレゼントと、貴方への言葉を抱えて向かうのに、貴方の前に立ってみれば、貴方のために紡いだことばはいくらポケットをまさぐっても出てこなくって。貴方が私を見るじんわりとした焦げ茶色の線がやけに、痛かった。
だらだらとうすっぺらい言葉を並べたてた小さな私に、貴方はことばをかけてはくれないらしかった。
それ、じゃあ。次の公演も、楽しみにしてますね、
貴方の音を、あいしていますから。
泥棒さんはわらって言った。
「へぇ、気づけないんだ 」
No.10【君の奏でる音楽】
己の信じた青春が過去となってしまうことに怯えて日々を過ごしていた。確約されない光が変貌し、己を傷つける刃物となってしまうかもしれない未来に怯えて呼吸していた。過去にも、未来にも怯えていた。
今の私が、立つ場所は
No.9【終点】
蝶よ花よと育てられたいのちだった。ぬくい綿の中で育てられた、傷ひとつない無垢な魂だった。
その無垢さは悪意より深くひとを傷つけ、そのくせ人一倍よわく、やわく、もろかった。
ねぇ、きみのそれ、なぁに?
ゆるゆると笑いながら問うたそれは眩しかった。己が悪になり得るなど思いつきもしないだろうそれは、美しい笑顔を私にも向けた。
さて、大切にたいせつに育てたものが鋭い刃を持って己を襲ったとき、貴方ならどうするだろうか。
私は?
No.8【蝶よ花よ】
最初から全て決まっていた。
私たちは、はじめからこうなる運命だった。自らの手でつかんだ幸福も、握らされていた銃口も、今となっては1フレームにおさまってしまうだけの過去だった。
貴方の腕の中は、そらにゆるい曲線を描きだすみどりの丘陵のにおい。
貴方のてのひらは、ぎこちない祈りを神におくった無垢な少女のたましいのかたち。
手繰った未来が光を反射しないことに気づいてしまったとき、貴方はやわらかくわらって、とおくないて。
No.7【最初から決まってた】