「もしもし、未来から来た私ですが」
お湯を入れて3分、みんな大好き日清カップ麺を今まさにあつあつの湯気立ち昇る中醤油の香ばしい香りと共に一口目の麺をずずずっとかき込もうとしたその時、テーブルに時空の歪みみたいな円形の穴がずももと現れてちょっと老け顔のでも確かに私の顔をした謎のおばさんが現れた場合、一般常識であれば年上に話しかけられたら何の作業をしていても必ず手を止めてその人の方へ向き直り傾聴するのが正しいとは分かってはいるが、朝から何も食べていないまま大学の一限目のクラスを受講し空腹でへろへろになりつつでも節約のためにひとり暮らしのアパートへ帰ってきてやっとありつけた午後2時の昼飯の方を優先してもバチは当たらないだろうと大口で熱々の麺をずずずうっとダイソン掃除機にも劣らない吸引力で吸い上げる。
「ちょっと! もっと驚きなさいよ」
「ふぐふぐ」
美味しい。私やっぱりカップ麺は醤油味が好き。
おばさんになった未来の私は不服そうである。
「ねえ、こうしていられるの1分しかないんだからちゃんと私の話を聞きなさいよ、まず3年後にあなたは……」
「うももお」
この喉越し。チープな油の味。ころころした謎肉を噛み締める。うまい。たまらん。
「……うまそうに食べるね」
「んふー!」
「……もういいや、ゆっくり食べなよ。年取るとカップ麺食べられなくなるから、今のうちに味わっておいて」
そりゃ、言われなくても。
美味しいんだもん。
未来の私は呆れた様子で、でもちょっと笑って、時空の円形の穴の中へ帰っていった。
ある日の穏やかな春の午後だった。
【お題:もしも未来が見れるなら】
その白紙の上にはひとつだけ色があった。
鉛色。
下書きの鉛筆の色。描きかけの漫画の、主人公たちの顔も吹き出しの中身も白紙のまま、ただ丸と四角で構成された動きのようなものが見えるだけの。何を描こうとしたのか、こんなに荒い筆致でなにを焦っていたのか、誰に何を伝えようとしていたのか、今となっては思い出せない。ただその紙面に向かって殴り書きをしていた時の鉛筆の感触、中指にできたペンダコ、部屋の明かりを目ざとく見つけた父親が早く寝ろとドアを開けやしないかとハラハラしていたこと。
もう30年も前のことだ。
今になっても、中指のペンダコはずっと消えることはなかった。小指の外側はいつも鉛色に汚れていた。ずっと描き続けていた。なにが正しいかは分からなかった。ただ描くのが楽しかった。
それで良かった。
【お題:無色の世界】
あんなにたくさん作ったのに、冷蔵庫に残っていたのはたったひとつだけ。
「あのさあ」
冷蔵庫の扉を閉めてリビングにいる人間たちに声をかけると、Youtubeを見てゲラゲラ笑っていた彼らはぴたっと黙った。これは確信犯だ。私に怒られると分かっていながら食べたのだ。みんなで。私が作った特製とろうま卵プリンを。
「なんで黙るの?」
あえてそう聞いてみると、私と血の繋がりのある人間、戸籍上は父と母と祖母で人生の先輩とも言えるが、人生の先輩だからといって人が作ったプリンを勝手に食べて良いわけがない。
「ごめん、まりこ」
表面上申し訳なさそうにそう言ったのは私の父である。
「うまかった」
「だー! もー!!」
【お題:1つだけ】
あとから「嘘だよ〜」なんて言われても、こればっかりは許せない。
「良い加減にしてよ。そんなの信じない」
「いや信じてって! ホントだから!」
「これから塾だから。じゃ」
「ホントだってば! ホントに好きなんだってば、アンタのこと!!」
どうせ嘘に決まっている。
僕の好きな人が僕を好いてくれるなんてあり得ない。
*
毎年4月1日になると、あの高校2年の春の日のことを必ず妻に言われるのだ。
「ホントに傷ついたんだからね、あの時!」
「あんな日に告白してきた君が悪い」
「うるせー!」
【お題:エイプリルフール】
確かに俺は一億円欲しいと言った。
だがそれは現実逃避ゆえの比喩であり、机にドカンと置かれた百科事典みたいな厚さの現物を見た時は言葉を失った。
「え、なにこれ」
「ちょっとね」
「いやいや、「ちょっとね」で済ませられるもんじゃないよ!? ていうか日本銀行ってテープ貼ってあるけど大丈夫なの!?」
「ショートケーキだってお店のロゴが入ったセロファンで包まれてるじゃない。それと同じだよ」
「同じじゃない!!」
引き合いに出されたショートケーキもびっくりだよ。
彼女は唇をとがらせて、
「ほしいって言ったのあんたじゃない」
「いや言ったけども!!」
実物を前にすると嬉しさよりも怖さが勝る。
「ほんとに大丈夫!? 最近話題の金塊をあっちで買ってこっちで売って儲けた金だったりしないの!? あと贈与税どうなるの!? 確定申告は青色赤色!? やり方分かんないんだけど!」
「まあまあ」
彼女は落ち着いた様子で日本銀行のテープを剥がし、透明なフィルムをはがしていく。新札の匂いってこんな感じなんだ。インクの匂いがプンプンする。
「半分こでいーい?」
「いや待てって……」
チャイムが鳴ったのはその時だった。続いてドンドンと玄関の戸を叩く音。ワンルームの部屋にその音が大きく響く。俺は思わずドアを見た。
「すいません、警察ですが」
ドスの効いた声。
「おい、これって……」
振り返ると、なんとそこに彼女はいなかった。
残されたのは机の上の札束で、綺麗に半分なくなっている。
開け放たれた窓でカーテンがそよぐ。いつの間にか窓の外へ出ていた彼女は、窓枠に手をかけて、顔の上半分だけこちらに向けていた。
「欲しいって言ったのはあんただからね。じゃ」
彼女がひらりと姿を消したのと、玄関の戸が乱暴に開けられたのはほぼ同時だった。
【お題:ないものねだり】