背中を押してくれる風のことを追い風と言うけれど、程度ってものがある。
せいぜい風速2,3mくらい、ちょっと強いなくらいが限度だ。
10mはやばい。台風じゃないか。
【お題:追い風】
「やっぱり外で食べるミスドが一番だよなあ」
右手にエンゼルフレンチ、左手に黒糖ポンデリング。ミズキはそれを交互に一口ずつかじって、和と洋を楽しんでいる。なんて贅沢な。
「レイも食べなよ」
「いいよ。それより話ってなに」
「まあまあ」
まったく。急に公園に呼び出されて、来てみたらベンチでドーナツ食べてるだけじゃないか。
私は共通テスト対策の問題集にペンを走らせる。来週の試験までに、もう一周読んでおかなければいけないのに。
「ミズキだってC判定だったんでしょ、のんびりしてないで勉強したらむぐ」
甘々な糖衣と、サクホロ食感のドーナツが私の口の中でほどける。ミズキが私の口に押し込んだのである。
「やめてよ、喉乾くじゃん」
そう言いつつ、久々のドーナツの美味しさに思わず口元がゆるむ。
それを見たミズキはニヤニヤして、
「ほーれ、甘々ドーナツにおぼれるがよい」
「んふんふ……んふ」
「うまいか」
「んふふふ」
「よーしよし」
シャッターの音。ドーナツを頬張る私を、ミズキが撮っている。
「インスタあげるの?」
「ううん、これはあげない」
私の写った写真を眺めて、ミズキは満足げである。
冬晴れの日差しが、寒さで赤くなったミズキの頬を暖かく照らしている。
「これでまた頑張れるわ」
「え?」
「なんでも」
「なにー」
「レイもあんまり張り詰めすぎないようにね」
ミズキはエンゼルフレンチの最後の一口を食べ切ると、ベンチから立ち上がった。
「じゃ、私は塾行くわ」
「え、話って」
「別に。レイを餌付けしに来ただけ」
ミズキは私の肩をぽんぽん叩いた。
「色々落ち着いたらさ、またゆっくり話したいな」
「おうおう私もだよ」
私もミズキの肩をぽんぽん叩き返した。
それはなんだか温かくて優しい時間で、ミズキと別れて家に帰った後も、その温かさは胸の内に残っていた。
【お題:冬晴れ】
幸楽苑のラーメンはやっぱりうまい。澄んだ醤油スープ、麺の喉越し。これぞザ・ラーメン。
「あれ、もしかして、ラーメン研究家の」
後ろで囁き声がする。俺のことを話していると分かったが、構わない。今はこの一杯に集中する。ずぞぞぞぞ。
「こだわりの一杯を追い求めて北は稚内、南は波照間島まで駆け抜けた、あの伝説の」
薄いチャーシューは噛みしめるたびに旨みが増し、ナルトの渦巻きは一度入ったら出られないラーメンの沼を表しているといわれる。いわれてない。今思いついた。
「冷静沈着、クールな評論家だと思ってたけど。あの人、あんなに美味そうに食べるんだ」
そして何より、この寒い中ですする熱い一杯!
「ッハーーーー!」
幸せは白く熱い息となって冬の空へのぼる。
【お題:幸せとは】
今年も実家からみかんが送られてきた。
一抱えもある段ボールはずしりと重く、開ける前からみかんの香り。
『今年はいっぱい美味しいのできたからね。これを食べれば風邪知らずだよ』
三日前に母から電話がかかってきた。電話口で母は自慢げだった。
そこで私は聞いてみたのである。
「お父さん、まだ怒ってる?」
『あー』
しばしの間。母は振り返って父の様子を伺っているようだった。
『大丈夫じゃない? お父さんもびっくりしたんじゃないの。あんたが急に彼氏を連れてくるから』
「その節はご迷惑をお掛けしました」
『本当は嬉しいんじゃない? 分かんないけどさ。なかなか良い人だったじゃない。まためげずに連れてきなよ。今度は一緒にご飯でも食べよう』
「……ありがと」
みかんの箱を開けると、薄暗い玄関に橙色の灯りが灯るようだった。
【お題:冬は一緒に】
「ミナ」
「なに」
「どうでもいい話して」
「どうでもいい話?」
「なんでもいいから」
「えーと」
萌乃の真剣な眼差しに戸惑う。私は彼女の冷えた手を温めるように包む。彼女は震えている。それは寒さだけじゃなくて。
「じゃあ、うまい棒が値上げした話とか」
「それは一大事だよ……」
「だよねえ」
「もっと。話して」
凍てつく風が、私たちの隙を吹き抜ける。
「えーと、私あの、めんたい味が好きだな。うまい棒なら。変だよね、本物の明太子は苦手なのにさ。萌乃は何味が好き?」
「……こんぽた」
今にも消え入りそうな声で、萌乃が会話を繋ぐ。
「そうなんだ。こんぽたも美味しいよね」
「いくらでもいける……」
「分かる。ね、いくらでもいけるよね。こないだラジオでさ、うまい棒一年分プレゼントとかやっててさ、一年分なら365本? でも一日一本で我慢できるとは思えないよね。一週間くらいで食べきっちゃったりして。食べ飽きちゃうかな。でもちっちゃい時から食べてたから、今さら飽きるなんて」
「飽きられたのかな、私」
私の手の上に涙が落ちる。萌乃の。
「なんでなのか、全然分からないの。なんでって聞いても、答えてくれないの。何でも話せる人だと思ってた。でも、そう思ってたのって、私だけだったのかな」
萌乃の胸のきしむ音が聞こえるようだった。
たまらなくなって、私は彼女を抱きしめる。糸が切れたように彼女は泣き出した。
「ずっと一緒にいられるって思ってたのに……!」
幼馴染に振られた彼女をなぐさめる言葉も見つからず、私はただ、彼女を抱きしめて温めることしかできなかった。
言い出すことなんてできなかった。
その幼馴染が昨日、私に好きだと言ってきたことなんて。
【お題:とりとめのない話】