「酔っ払ってブランコ漕いでるとさ、自分が揺らしているのか、世界に揺られているのか分からなくなるよね」と言っていた君はもういない。
児童公園のブランコ、二つ並んだブランコ。行きつけの居酒屋で飲んだ後、いつもそこで女二人でN次会をしていて。
そうして二人で並んで座っていると、まるで子供の頃から親友だったみたいだなって思った。たぶん笑われるから話してないけど。
君と一緒にブランコを漕ぐことで私の世界は回っていたのだ。
でも本当は、私たちは幼馴染ではないし、そもそも君にとって私とこうしてN次会をするのは恋愛でもなんでもなかったのかもしれない。ただ仲が良くて、なんでも話せる同僚ってだけで。
私は一人でブランコに座る。
君はいない。きっと忙しいのだ、結婚式の準備で。今まで何にも話してくれなかったのに。
地面を蹴って漕ぎ出す。夜空を揺らす、頭を揺らす。
冷たい風が、耳と首筋をひゅうひゅう流れる。
もっともっと。意地になって強く漕ぐ。
なんで何も話してくれなかったのとか、私のことなんとも思っていなかったのとか、そういうモヤモヤを、きんと冷えた風ですすぐ。なんにも考えないように、ただひたすらに漕ぐ。
わーって叫んでやりたくなった。でもやらなかった。大人だから。ご近所迷惑になっちゃうから。
ずっとずっと前から、大人になる前から、君と仲良くなりたかったなあ。
【お題:ブランコ】
「そうか、この景色こそが宝だったのか! んなわけあるかー!!」
私は空になった水筒を地面に叩きつけた。
「何が楽しくてこんな砂漠のど真ん中まで来なくちゃいけないんだ!」
「だって、ボスが行けって。行って宝の地図が本物か確かめてこいって」
「分かっとるわ! いたわ私もその場に! 行くよ? そりゃ今まであっちへ行けこっちへ行けって駆り出されてきたけどこんなのって! こんなのってあんまりだよ!!」
気弱なミーミは、耳をしょぼんと垂らして、
「でも仕事だもん。仕事しなきゃボクたちなんて居場所ないんだもん。ボクたちガラクタができる仕事なんて、これくらいしかないんだもん」
「そうだけどさ……」
疲れてしゃがみこむと、膝のネジが軋んだ。こんな体じゃなきゃ、こんな世界の果てまで来られなかった。見捨てられたガラクタだからできる仕事。だけど。
「こんなに」
沈みゆく太陽が、私とミーミの影を長く伸ばす。
世界の果てから風が吹き、生き物のように砂紋が動く。
私の足元で、何かが光った。
「……うん?」
かき分けてみると、それは銀色の小さな箱で。
胸の高鳴りと共に、さらに掘って箱を取り出す。
「これって」
ミーミと顔を見合わせてから、私はゆっくりと箱を開けた。
【お題:旅路の果てに】
「着払いで」
「えっ」
それまで丁寧に対応してくれていた店員さんが、ぎょっと私を見た。
それもそうだ。バレンタインチョコを着払いで送るやつなんかいない。私以外には。
「ち、着払いって、その」
可愛らしい店員さんは、笑顔を取り繕うも動揺は隠せないようで、swimming eyes。そういえば小学生の時にスイミングスクール通ってたな、あいつ。
「届けた相手に送料を請求する仕組みですが、それで宜しいでしょうか」
「よろしいです」
「は、はあ……」
「大丈夫ですよ。本命じゃないし、むしろ縁を切るために送るので」
私は本心からそう言ったつもりだったが、自分の喉から発せられた声は少し硬くてうわずっていて、やっぱり強がっているのかな、なんて他人事みたいに思った。
昨日あいつと通話した時も、私はこんな声になっていただろうか。
だってあいつが、好きな人できたって言うから。
店員さんは一番奥の引き出しをごそごそして、着払いの送り状を持ってきた。
お届け日、2月14日。私があいつに告白した日。3年前、お互い高校生の時に。
お届け先、東京都杉並区。一度遊びに行ったけど、見知らぬ住宅地にあるあいつのアパートは、どこか冷たくてよそよそしく見えて。でも部屋の中の雑多な感じは、あいつらしくてほっとしたけど。
棚には私が生まれて初めて贈ったバレンタインチョコの空き箱が飾ってあって、いつまで飾ってんのって笑ったけれど。
あの箱はもう片付けちゃったかな。
品名、チョコレート。あいつ、お酒飲んでみたらめちゃめちゃ弱かったって聞いたから、この店で一番アルコール強いやつ、度数500%くらいあるやつ、いやちょっと盛り過ぎた、本当は8%、でもこれでもめちゃめちゃ強いらしいんだ、これでも喰らえって、喰らって酔い潰れて新しい彼女とのデート失敗してしまえって。
「お客さま?」
優しく肩をたたかれる。顔を上げると、店員さんがこちらを見ている。
そこで私は、手元の送り状が雨漏りで濡れていることに気付いた。
「お品物、取っておきますので。少し休まれたらどうですか」
ああ。こんな風に、あいつに優しい言葉を掛けてもらえたらなあ。
「そこの向かいのジュースバー、おすすめですよ。よく行くんです。あっ」
店員さんはポケットを探り、他の店員さんの目を盗みながら、一枚の紙を差し出した。ジュースバーの100円割引クーポン。
「飲み終わったら、また来て下さいね」
何か言ったらまた雨漏りしそうで、私は黙ってうなずいた。
べしょべしょに濡れた送り状は文字が滲んで、このままでは届きそうになかった。
【お題:あなたに届けたい】
街へ出るなんてごめんだね。私はこの暗くて安全な部屋から出たくないんだ。
食べ物も生活用品もここへ届けてもらえるっていうのに、何を好き好んで、自分の醜い姿を人目に晒して後ろ指をさされてヒソヒソ言われながら歩かなきゃいけないんだい。私はもう、見せ物になんかなりたくないんだ。
「きみは綺麗だよ。街中にいる女の子たちより、ずっと」
「馬鹿言うんじゃない。用が済んだならさっさと出ていきな」
「嘘じゃない」
「どうせ外に仲間がいるんだろ。言いくるめて外にへ連れ出して、私を笑い物にする気だ」
「信じてくれないのか」
「信じないね」
「こうして毎晩食事を届けに来てるのに?」
「信じちゃいないさ。金で雇われてるやつなんか」
床に硬いものが叩きつけられる音。暗闇の中で火花のように金貨がきらめいた。
「そんな風に言われるなら、いらない」
「いい加減にしな」
金貨を青年の方に蹴り飛ばす。
青年は動かない。まっすぐこちらを見ているのが分かる。
「目を覚ませよ。きみを醜いって言ってるのは誰だ。笑われてるって吹き込んだのは誰だ。きみをここに閉じ込めてるあの人しかいないだろ。そんなやつの言うことは聞いて、なんでおれの言葉は信じてくれないんだよ」
「なんでって」
あんたの言葉を信じて舞い上がって裏切られる方が、みじめじゃないか。
静寂の遥か遠くから、街の喧騒が聞こえる。
「帰んな」
どちらが嘘をついているのか。
知らない。知らなくて良い。いずれにせよ、この暗い部屋にいれば私は傷付かなくて済むのだから。
【お題:街へ】
ミッドナイトの中身って粒あんなの?こしあんなの?
暗くてよく分からないじゃん真夜中って。だからどっちでも良いって人も多いけど、和菓子屋を継ぐ身としてはやっぱり気になるじゃない。うちは代々粒あん派でやってるけど、滑らかさがウケる時代だし、ねえ。
いくら満月が照らしても、夜の空は遠すぎて粒かこしか結局よく分からないし。
だから確かめにいくことにした。うちのバイトで来ていた月うさぎに、白銀色の賄賂(※月見まんじゅう)をたくさん持たせてコネをつくり、ここでいうコネは求肥をこねるのコネじゃないよ、で今度月に里帰りする時に一緒に連れて行ってもらうことにしたのだ。
【お題:ミッドナイト】