街へ出るなんてごめんだね。私はこの暗くて安全な部屋から出たくないんだ。
食べ物も生活用品もここへ届けてもらえるっていうのに、何を好き好んで、自分の醜い姿を人目に晒して後ろ指をさされてヒソヒソ言われながら歩かなきゃいけないんだい。私はもう、見せ物になんかなりたくないんだ。
「きみは綺麗だよ。街中にいる女の子たちより、ずっと」
「馬鹿言うんじゃない。用が済んだならさっさと出ていきな」
「嘘じゃない」
「どうせ外に仲間がいるんだろ。言いくるめて外にへ連れ出して、私を笑い物にする気だ」
「信じてくれないのか」
「信じないね」
「こうして毎晩食事を届けに来てるのに?」
「信じちゃいないさ。金で雇われてるやつなんか」
床に硬いものが叩きつけられる音。暗闇の中で火花のように金貨がきらめいた。
「そんな風に言われるなら、いらない」
「いい加減にしな」
金貨を青年の方に蹴り飛ばす。
青年は動かない。まっすぐこちらを見ているのが分かる。
「目を覚ませよ。きみを醜いって言ってるのは誰だ。笑われてるって吹き込んだのは誰だ。きみをここに閉じ込めてるあの人しかいないだろ。そんなやつの言うことは聞いて、なんでおれの言葉は信じてくれないんだよ」
「なんでって」
あんたの言葉を信じて舞い上がって裏切られる方が、みじめじゃないか。
静寂の遥か遠くから、街の喧騒が聞こえる。
「帰んな」
どちらが嘘をついているのか。
知らない。知らなくて良い。いずれにせよ、この暗い部屋にいれば私は傷付かなくて済むのだから。
【お題:街へ】
ミッドナイトの中身って粒あんなの?こしあんなの?
暗くてよく分からないじゃん真夜中って。だからどっちでも良いって人も多いけど、和菓子屋を継ぐ身としてはやっぱり気になるじゃない。うちは代々粒あん派でやってるけど、滑らかさがウケる時代だし、ねえ。
いくら満月が照らしても、夜の空は遠すぎて粒かこしか結局よく分からないし。
だから確かめにいくことにした。うちのバイトで来ていた月うさぎに、白銀色の賄賂(※月見まんじゅう)をたくさん持たせてコネをつくり、ここでいうコネは求肥をこねるのコネじゃないよ、で今度月に里帰りする時に一緒に連れて行ってもらうことにしたのだ。
【お題:ミッドナイト】
飲みかけのストロングゼロを天高く掲げれば、逆光を浴びたそれはまるで芸術じゃないか。謎の黒い円柱って感じでミステリアス。
そしてこの中に入っている古代から人を迷わせてきた「あるこほる」なるものも然り。
なぜか笑いが込み上げていざ「くくく」と笑おうとしたらあるこほるが気管に入ってむせた。
「かひーっ」
ブランコで遊んでいた少年が、いつしか漕ぐのをやめてじっとこちらを見ていた。それに気付いた母親らしい女性は、少年の視線を遮るように割り込んだ。
おれだって、あれくらい小さくて純粋だった時代もあったんだぞ。
それがどうだ、新卒で入った会社と折り合いがつかず一ヶ月で心が折れ、アルバイトの求人に応募しては敗れる日々だ。そりゃ、昼間から公園の地べたで飲みたくもなるさ。
缶を煽ってストロングゼロを飲み干そうとした時、誰かがおれの前に立って太陽を遮った。
「やっと見つけた」
聞き覚えのある声に、9%のアルコールが吹き飛んだ。
立ちあがろうとしたら肩をつかまれた。
「ひぃ、人違いですっ!」
「人違いだって? 忘れるわけがないでしょ、こんなクズ」
漆黒のスーツと赤い口紅。逆光を受けた彼女は、一ヶ月前に会社で最後に見た時よりもすごみが増していて。
「しゅびばせんしゅびばせん!! でもおれもう嫌ですあんな仕事!!」
「つべこべ言わない! 除霊できる新卒なんて上玉、逃すわけないでしょうよ」
「いやだいやだー! 」
ブランコにいた親子がこちらの様子を見ている。あっあいつら足が透けてる。
ちくしょう、おれがこんな体質じゃなければ。
【お題:逆光】
銀の月の周りを洗濯物が泳ぐ。あれがきみの住む街なんだって。
おもちゃのロケットがびゅうびゅう飛び回って銀の月を目指しては落ちていく。届かない。
遠すぎるから? ううん、近すぎるから。
さざなみがよせては返すのをこの手のひらは感じているのに、目に見えるのは風だけだ。
抜け殻のきみのシャツが笑う。僕も抜け殻になれたらきみの街まで行けますか?
半径五千キロメートルの憎しみと悲しみを点にしたら泡ぽこみたいな笑いがこぼれて宙へ立ち上る。
そうか、ここは水の中なのか。きみの抜け殻はロケットに絡め取られてどこかへ飛んでいってしまって、僕は慌てて紙飛行機を飛ばす。
飛ばした手が流線型になって僕の手が、腕が、飛行機になる。僕の右手は僕をどこかへ連れていく。
きみの抜け殻のところかい? 違うかも。でも、もしかしたらそうかも。分からないね。
僕の魂が、どこかへ飛んでいってしまったら、ハンモックみたいにさ、優しく受け止めてくれないかな。
助けてほしいの? ううん、そうじゃない。ただ自由に泳いでみたいだけなんだ。
【お題:こんな夢を見た】
タイムマシーン、と手書きで書かれた段ボールが居間に転がっていた。
窓がくり抜かれており、箱の中にはこれまた手書きの操作盤がある。覗き込めば、優斗が体操座りで中にいた。
「出てきなさい。ご飯だよ」
「父さん」
父さん?
いつもはパパって呼ぶのに。
優斗は顔をあげて俺の方を見た。いつもより妙に大人びて見えて、どきりとする。
「画家になるの、あきらめたんだね」
「優斗、おまえ」
嫁にも話したことがないのに、なぜ。
「会ってきたよ。ぼくが生まれる前の父さんに」
鼻をすする音。
「楽しそうに、お絵描きしてた。幸せそうだった。ぼくがいない時の方が」
「優斗」
かがんで段ボールに入り、幼い子供を抱きしめる。
「そんなことない」
「うそつき」
「そんなことない。パパは、父さんは優斗がいてくれて幸せだよ」
「うそばっかり。絵を描きたいくせに、ぼくのせいにして、にげだして」
優斗の涙で肩が濡れる。そうして濡れたところが冷えていく。
ご飯、温め直さなきゃ。
【お題:タイムマシーン】