「全部ください! 選べないから!」
花屋の店員さんは、目をぱちくりさせた。
【お題:色とりどり】
(※GL表現あり)
気味の悪い手だと言われたことがある。
雪のように真っ白で冷たくて、骨張っているから。
だからいつも制服の袖で覆って、人を不快にさせるこの手が見えないように隠してきたけれど。
「ゆきちゃーん」
夏香はにこにこ笑って手を差し伸べてくる。こちらも手を差し出すように求めてくる。
「ひゃーつめた! こう暑い日は、やっば雪ちゃんの手に限るわあ」
「人を保冷剤扱いするな」
「むしろドライアイス?」
「もっと嫌」
同じ生き物とは思えないほど、彼女の手はいつも温かくて、油断すると心までとろけそうになる。
すると今度は、私の手に頬ずりして「きもち〜」と笑う。
彼女の汗はシトラスの香りがする。道を踏み外してしまいそうで、私は彼女から目をそらす。
「ほら、もう良いでしょ」
「雪ちゃんの手ってさあ」
夏香は私の人差し指をつまんで、
「美味しそうだよね。砂糖菓子みたいで」
人の気も知らないで。
「食べてみたら」
「えっ」
「そんなに言うなら、食べてみなさいよ」
我ながら氷のように冷たい声。
気がつけば彼女の口元に指を差し出していた。なんてことを。変なやつだと嫌われる。でももう、後にも引けなくなってしまって。
「いいの?」
熱を帯びた声。初めて聞いた声色。
赤い唇が、私の人差し指をとらえる。
「じ、冗談だって……」
彼女の舌は熱く、思わず手を引こうとするも、彼女は私の手を離さない。
駄目だ。離して。このままだと私までとけてしまうから。
もうじきホームに電車がやって来る。16時15分発横浜行き。隼斗が乗る電車。
結婚式場を出た時はみんなでわいわい歩いていたのに、学生時代の話に花を咲かせていたら、私たち二人きりになってしまって。
一つしかないホームの、西側が下りで、東側が上り。
スーツでキメて、あの日よりずっと大人びて見えるのに、西日に照らされてまぶしそうな彼の顔は変わっていなくて。
「なんだよ」
「いや、なんかね。十年ぶりに会ったのに、ずっと一緒にいた気がしちゃって」
「十年は十年だよ。俺がウイスキーならとっくに熟成してるわ」
「まずそう」
「まずそうとか言うなっ」
でも、やっぱり目は合わせてはくれない。
卒業式の日に私の気持ちを伝えてから、「ごめん」と断られてから、ずっと。
ひんやりとした風が吹く。
「結婚式、良かったね」
「予定あんの?」
「え?」
「遥香はさ、なんだ、結婚する予定とかってあんの?」
本当のことを言おうとして、でも、少しからかってみたくなった。
「実は付き合ってる人がいまーす」
隼斗が息を呑んだけど、私は気づかないふりをした。
ホームにアナウンスが流れる。間もなく横浜行きの電車がまいります。
電車が走って来る音に負けじと、私は声を張り上げる。
「もうね、ラブラブなんだから! そろそろ一緒になろうか、なーんて」
真っ赤な嘘をついている自分がおかしくて、なんだか涙が出てきて、でも隼斗には見せたくなくて、前髪を直すふりをして。
ホームに電車が滑り込んでくる。私は隼斗の背中を押して、
「ほら、これじゃないと終電間に合わないんでしょ、乗った乗った!」
彼は動かない。こちらをじっと見ているのが分かる。馬鹿だなあ私、振り向かせようとしたのはこっちなのに。
電車のドアが開く。
「行って!」
お願いだから。
発車ベルが鳴る。
「……ごめん」
大きくて温かい手が、私の頬を包む。手が震えていた。
「ごめん、やっぱり俺、遥香のこと」
顔を上げると、隼斗と目が合って、その眼差しから離れられなくなった。
彼が乗るはずだった電車は行ってしまった。
【お題:君と一緒に】
公園の真ん中に、ビー玉が一粒落ちていました。冬晴れの日差しを反射してきらきらと光っています。
追いかけっこをしていた子供のひとりが知らずのうちに蹴り飛ばして、ビー玉は茂みへ転がっていきました。
そのビー玉は不思議なことに、光の差さない場所でもずっときらきら光り続けました。まるで太陽の美しさを忘れられない子供のように。
ところが茂みの中には先客がいました。一羽の真っ黒いカラスでした。冷たい木枯らしで吹き溜まった枯葉を集めて隠れていたのです。
カラスは輝くビー玉をつついて、
「おうおう、人ん家に転がり込んで堂々光るたあ良い度胸じゃねえか」
ビー玉は無邪気にころころ転がりながら、
「僕は明るい方が好きなんだ」
「そうかそうか、俺は大嫌いだ。明るいと自分の姿が見えちゃうじゃないか」
「見えたって良いじゃないか」
「俺は嫌なんだよ。さあ、あっち行った、行った」
カラスがつつくと、ビー玉は彼の周りをくるりと一周転がって、きゃっきゃと笑いました。
「からかうな。さっさと出てけ!」
「どうしようかな、もう少しここにいようかな」
厄介な客に、カラスはやれやれとため息をつくのでした。
私にとって幸せは、半月型のお好み焼き。
カリッカリに焼けた熱々のそれを、フライパンの上でヘラでふたつに切り分ける。
お好み焼き県の出身ではないけれど、天ぷら粉と千切りキャベツさえあればできるので、一人暮らしの時はよく作って食べていた。私のおはこ。
「できたよー」
「よっしゃ」
二つのお皿に、半月型のお好み焼きを盛り付ける。
ひとりの時は丸いまま食べるのが当たり前だったけど、その半月を見て思い出したのだ。実家でもこうして半月にして、私と兄とで分けて食べていたこと。
そして今は、彼氏とこうして分け合っている。
そうか。これが家族なんだ。
「はふはふ」
「ふはふは」
「うまっ」
「うまいね」
「ふふふ」
お好み焼きを頬張る彼氏の、正確には明日から夫になる人の横顔を見て、気持ちが和らいだ。
心の中にはまだ一抹の迷いがあった。結婚は怖いものだと思っていた。赤の他人と一緒に暮らすなんて未知だった。
私たちなら、上手くやっていけるのかな。
明日は満月が昇るってさ。
【満月をはんぶんこ(お題:幸せとは)】