8. 3Dシアターに1人溶け残る
運命だと思った。
運命だって錯覚に気づかないままでいたいと思った。
愛されたいと思った。
薄ぺらな恋の手前、3D眼鏡を掛けてでも愛を見たいと思った。
運命じゃないと知っていた。愛じゃないとわかっていた。
けど、会いたいと思った。
錯覚でも勘違いでもこれだけは本当に。
暑さに揺られて自己暗示も溶けゆく8月。
それなのに、〝心の底から君に会いたいと思った“
7. 見えても灰色、されど7色はきっとある。
「虹が滲んでる」
こんなにも涼しいのはいつぶりだろうか。
ここ最近地球温暖化真っ盛りで飛んだ猛暑が続いていたのに
ここだけこんなに涼しくなるなんて、こいつは一体どんな魔法を使ったんだ。
「なんか言えよ」虹のはるか対極にいるような堕落に溺れたあなたに言われてももはやなんの言葉も出てこない。
当の本人は左手にアルコール缶、右手に煙草、そして煙を吐く生気のない顔、して、クズの観音堂みたいだなんて思った私を横目にベランダからアスファルトを見下してる。
人生終わってるなんで最悪の比喩文句をこいつほど着こなせるやつなんて他にいないだろう。ほら柵にも垂れて眠そうに項垂れてる。口を開けばどーでもいいことかあくびばっか。
あぁ、あと煙草吸っていい?って言ってるのはよく聞くけど
何回聞くんだってぐらい吸うくせに律儀に聞いてくるあたり
憎めない。ふと、lリビングの空き缶溜まったフロアテーブルが目に入る。エアコンが効いた部屋で空き缶ばっか冷やしてても意味がないだろと思うけど、こんな暑い中ニコチン不足のこいつについてベランダに出る私も私だ。「あー消えたわ」トーンから態度まで、実況される虹の身になって欲しい具合に気だるげで適当だ。けど、学生のくせしてこんなことしかしてない私の方がよっぽど人生終わってるのかもしれない。ほら、
アパートの前を通る同年代のカップルを視線でなぞって私も項垂れた。ふと煙草に手を伸ばすもまたこいつにかわされて、ため息を吐く。
「じゃあ、行きましょうか、」「え?どこ?」
隣であがった間抜けな声に
「海」と返して、こいつの続きを演じてやる。
「行かないと、虹の二次会」
思いの外ケラケラ笑うこいつを横目に軽蔑しながら
私はすっと煙草を1本奪う。
そんなこと気にもとめずに彼は言う。
「それって虹の終わりでやってんの?」
「じゃない?」任務を終えた私はそんなことどうでもいい
けどあまりにも無邪気にそんなこと聞いてくるもんだから
こっちまで変なテンションになってくる。やっぱ暑さかな
「じゃあさ、俺らはあえて逆行こうぜ」
なんでだよ。
6、成り果てたオアシスに1人、涙で息をする。
木曜日は私にとってのオアシスだった
今や枯渇しきって水分なんて残ってないけど、
もし仮にまた雨が降ろうものならきっと一滴も私は見逃さないだろう。というわけで私はもうずっと降らない雨に期待して
ここを出られない。たったあの一言が惜しくて嬉しくて
だって、世界で初めての味方だったから。
それだけでただまだ笑えるのが可笑しい
希望なんてのが合わないそれがちゃんと私の居場所だった。
綺麗事の反対側にたった一つの居場所があった。
木曜日が救いだった。けどそれにしてはその場所は、
私の人生の中で特段笑顔が少ないし口数だって、
ああそれが心地よかったのか、心地よかったのにさ。
大丈夫いつかまた私の味方になってくれる。よね?
たった一言に縋って馬鹿みたい。
5 涙の代換えにしては不透明
こんばんは。
あなたか心の底から憎んでいる人はいますか?
例えば大切なものを取り上げた人とか
大切な人を殺した人とかさ。
うん、そうだね。あいつは、私のお母さんを殺した。
それも私の目の前で。
あの時お母さんはどんな顔してたっけ。
そういえばお母さんって元々どんな顔してたっけ。
ただあの時のあいつは変な顔してたよね。
あいつにお母さんが殺されたあの時だよ。
何度も何度も何度も何度もナイフが血に漬かって
私は見てることしか出来なかったあの日のことだよ。
あいつはあれから直ぐに逮捕された。
重すぎるくらいの実刑に笑うお母さんの声が聞こえる。
私は大切な人を失った。居場所も取り上げられた。
全部⬛︎⬛︎⬛︎のせいだ。
私はあの時からこの部屋を出られない。
憎しみに泣いて震える手はキーボードを打って
コピー機はノンフィクションを吐き出す。
これは復讐だ。あいつがやったことこの目で見た全てを鮮明に打ち込んでは印刷してく。私なりの復讐。
どれだけ書いてもキーボードを打つ手は止まらなくて、
部屋はコピー用紙で埋もれてく。私は打ち続ける。
殺したいほど憎い人を殺せずにいるから。
私は打つ手を止めない。⬛︎⬛︎⬛︎が憎いから。いや、、、
もういいよ、そんなの。
ねぇ、本当は悲しかったんじゃない?
必死に床を隠したそれは復讐の跡なんかじゃなくて、
あの時から今まで、流せなかった涙の跡だったんじゃない?
だってあいつが私の傷を見つけて助けてくれた唯一の誰かだったんだから。きっと悲しかったんだよ。悲しかったんでしょ?
ほんとに。あいつが死ぬことないじゃん。悪役を倒したヒーローが断罪されるなんてこんな結末はあまりに悪趣味すぎる
私はあの日大切だったあいつと唯一の私の居場所を失くした。
殺したいほど憎い人、そんなのあの時からずっと自分だった。気付かないふりが楽だったのかな。あれから3年も経ったのに
結局、外に出られない私は救出劇には間に合わなかった。
ほら、見て、涙の跡が燃えてくよ。
これがあいつが望んだ救出劇だって言うならさ
こんなの最大の皮肉だよね。
あいつと出会ったあの日から初めて私は泣いた。
涙じゃ火は消えないから、本当の涙のあとはきっと私の目にしか残らないだろう。だから必死に涙を拭って跡をつける。
こんな子供だましにあいつが駆け寄ってくれたらよかった。
ふと、あいつと出会った時、泣きそうなほど嬉しかったことを
思い出した。
4、仇を取るのを忘れてる ー 半袖 ー
私は彼を階段から突き落として殺す。
そんな私の目論見は結局上手くいかず、意識を取り戻した彼は私の元へ平然な顔をして帰ってくる。
ただ帰ってきた彼は彼であって彼じゃなかった。
全てを忘れてしまったという彼は私の見た事のない困り顔で笑ってベットに座っていた。
ベッドの上で“ごめんなさい。分かりません“を繰り返す彼は
私が殺したあいつとは別人なんだ。そう。きっとそうだ。
これはテレポーテーションのパラドックスに似ている。
何百もの哲学者が集って出なかった問の答えをここで決めてしまうのも気が引けるが別人と言ったら別人なのだ。
そんな彼に私は彼の唯一の味方だと何度も言って聞かせる。
彼は私の手を取って涙を浮かべてありがとうと笑った。
罪悪感などひとつもない。私は恋人に寄り添う健気な彼女として病室の窓際にヒヤシンスを飾った。
そんな話がもう半年も前のことだ。
あれから私はずっと、昔話なんて言う名目の理想を彼に注ぎ続けている。今や彼の頭の中は私が教えたことが全てで、
彼の人物像だって私が造り上げた通りになった。
またいつか本で見た思考実験に似てると思うと恐ろしいけど、
背徳感に似た何かが私の手を緩めさせてくれない。
えぇ、はい。いつも優しくて明るくて怒ってるところなんて見たこともありません。植物と読書が好きで、落ち着いた、
大人の余裕がある人というか、そんな感じでしたね。
なんて具合に。
そして今日が私の誕生日だと言うのも私は抜かりなく伝えていた。想定通り私が彼に話した
『プレゼントをよくしてくれた優しい人』
なんて言う設定を懇切丁寧になぞってプレゼントを買ってきた彼の手にはブランドの紙袋が握られていて、中には私が好きなヒヤシンス色の夏服が何着か入っていた。
けど、いざ広げてみるも半袖ばかりの服達に笑ってしまう。
きっと前の彼ならプレゼントはもちろん半袖の洋服なんて
何があっても買い与えることはないだろう。
“なんせそれは指名手配犯がポスターを持って外に出るようなものなのだから“
試しに腕の痛々しい痣を見せてみる。
彼は一瞬、顔を歪ませ優しい声で『誰にされたの?』
と聞いてくる。
さて、彼は私を守るといった。
けど生憎もうここには怪物も魔王もいない。
怪物は今や勇者になって
剣をかまえ、私に背を向けているのだから。
きっと世界は平和だろう。
ただ怪物のあなたに会いたいと思ってしまう守られたはずの私はこれからも善良な市民をやって行ける自信が無い。