ぬるい炭酸と無口な君
9. 差し出し先は今日のあなたで
昨日はあんなに愛してたのに、今は心の底から彼が憎い。
殺したいほど、憎くて憎いのに、
あぁ明日は結局また昨日の通り愛せてるのだろう。
明日の彼になら私だってこんな刺せないままのナイフひた隠しにして笑えるのに、愛せるのに。
今日の憎しみを殺して眠ってしまえばきっと明日は幸せだ。
だからこの一言を言えずにいる。このナイフを刺せずにいる。
彼が不安定になったあの頃からずっとずっと。
彼の波にさらわれた言葉は戻ってくる度営利になって
今、凶器として私の手に残ってる。
けど明日の彼が私にこの関係を終わらせてくれない。
いつまで?今日の彼はまた私のナイフを喉元に当てる。
8. 3Dシアターに1人溶け残る
運命だと思った。
運命だって錯覚に気づかないままでいたいと思った。
愛されたいと思った。
薄ぺらな恋の手前、3D眼鏡を掛けてでも愛を見たいと思った。
運命じゃないと知っていた。愛じゃないとわかっていた。
けど、会いたいと思った。
錯覚でも勘違いでもこれだけは本当に。
暑さに揺られて自己暗示も溶けゆく8月。
それなのに、〝心の底から君に会いたいと思った“
7. 見えても灰色、されど7色はきっとある。
「虹が滲んでる」
こんなにも涼しいのはいつぶりだろうか。
ここ最近地球温暖化真っ盛りで飛んだ猛暑が続いていたのに
ここだけこんなに涼しくなるなんて、こいつは一体どんな魔法を使ったんだ。
「なんか言えよ」虹のはるか対極にいるような堕落に溺れたあなたに言われてももはやなんの言葉も出てこない。
当の本人は左手にアルコール缶、右手に煙草、そして煙を吐く生気のない顔、して、クズの観音堂みたいだなんて思った私を横目にベランダからアスファルトを見下してる。
人生終わってるなんで最悪の比喩文句をこいつほど着こなせるやつなんて他にいないだろう。ほら柵にも垂れて眠そうに項垂れてる。口を開けばどーでもいいことかあくびばっか。
あぁ、あと煙草吸っていい?って言ってるのはよく聞くけど
何回聞くんだってぐらい吸うくせに律儀に聞いてくるあたり
憎めない。ふと、lリビングの空き缶溜まったフロアテーブルが目に入る。エアコンが効いた部屋で空き缶ばっか冷やしてても意味がないだろと思うけど、こんな暑い中ニコチン不足のこいつについてベランダに出る私も私だ。「あー消えたわ」トーンから態度まで、実況される虹の身になって欲しい具合に気だるげで適当だ。けど、学生のくせしてこんなことしかしてない私の方がよっぽど人生終わってるのかもしれない。ほら、
アパートの前を通る同年代のカップルを視線でなぞって私も項垂れた。ふと煙草に手を伸ばすもまたこいつにかわされて、ため息を吐く。
「じゃあ、行きましょうか、」「え?どこ?」
隣であがった間抜けな声に
「海」と返して、こいつの続きを演じてやる。
「行かないと、虹の二次会」
思いの外ケラケラ笑うこいつを横目に軽蔑しながら
私はすっと煙草を1本奪う。
そんなこと気にもとめずに彼は言う。
「それって虹の終わりでやってんの?」
「じゃない?」任務を終えた私はそんなことどうでもいい
けどあまりにも無邪気にそんなこと聞いてくるもんだから
こっちまで変なテンションになってくる。やっぱ暑さかな
「じゃあさ、俺らはあえて逆行こうぜ」
なんでだよ。
6、成り果てたオアシスに1人、涙で息をする。
木曜日は私にとってのオアシスだった
今や枯渇しきって水分なんて残ってないけど、
もし仮にまた雨が降ろうものならきっと一滴も私は見逃さないだろう。というわけで私はもうずっと降らない雨に期待して
ここを出られない。たったあの一言が惜しくて嬉しくて
だって、世界で初めての味方だったから。
それだけでただまだ笑えるのが可笑しい
希望なんてのが合わないそれがちゃんと私の居場所だった。
綺麗事の反対側にたった一つの居場所があった。
木曜日が救いだった。けどそれにしてはその場所は、
私の人生の中で特段笑顔が少ないし口数だって、
ああそれが心地よかったのか、心地よかったのにさ。
大丈夫いつかまた私の味方になってくれる。よね?
あぁ、たった一言に縋って馬鹿みたい。