お題「日の出」
はあ、と私は息を吐いた。白い湯気が立つ。
嘘みたいに穏やかな波の音が聞こえる。
「静かだな」
隣の橙矢《とうや》がぼそりと呟いた。
「ねー、絶好の初日の出日和だよね」
私と橙矢は海辺にいた。前は海水浴場だったそこは見渡す限り砂浜が続いていた。
私たち以外、誰もいない。
今は20XX年1月1日午前6時過ぎ。
辺りは白み始めたもののまだ暗い。でもあれは見える。
「本当にここでよかったのか?」
橙矢の言葉に私は首を傾げる。
「うちから一番近いのここだし、結構有名なスポットだよ」
私の答えに橙矢は顔を少し顰める。
「そうじゃなくて最後がここでよかったのかよ」
きょとん。そんな効果音が私の頭の中で鳴る。
「むしろ最後だからどこにいたって同じじゃない」
今日、私たち人類は滅びる。
恐竜みたいに大っきな隕石が落ちてきて。
「そりゃそうだけど…… 俺と一緒でいいのかよ」
橙矢は勿論恋人ではない。橙矢はゲイだし、私はアセクシュアルだ。なお、橙矢は数日前に彼氏にフラレた。本当に好きだった相手と最期を共にしたいとのことらしい。やはり恋愛というのは非情だ。
橙矢は大学で同じサークルで、その中で一番仲が良い。まあ、ただの友人だ。
「私天涯孤独だし、友達あんまいないし、連絡付いたの橙矢だけだし」
橙矢も家族とは絶縁状態だ。ゲイだから、という理由で。
あーあ、結局日本は最後まで同性婚を合法化しなかった。滅びて正解だね。なーんて。まあ、同性婚できる国もみんな仲良く滅ぶんだけど。
「それにさあ、最後一緒なのが家族でも恋人でもない、ってなんかいいじゃん。面白くて」
「……お前の面白いはおかしい」
なはは、と私は笑った。
そう言って付き合ってくれる橙矢はいい奴だ。そんな橙矢の良さがわからない彼氏くんはまるでわかってない。
「あ、ほら、日が昇るよ」
水平線の向こうから赤い赤い日が顔を出す。肉眼でも見える隕石が興ざめだけど。
これが、人類最後の日の出。
私たちは今日でみんな滅ぶけど、日は明日も明後日も、ずっと昇る。そうあって欲しい。
六十億年後に太陽そのものが滅びるまで。
お題「夏の気配」
わあ、と思わず声が出た。
やっと上がった雨に気付いて、窓を開けると、真っ青な空と真っ白な入道雲が目に飛び込んできた。
「夏じゃん」
窓から入ってきた空気も、むわっとしていた。
梅雨が明けるのは嬉しいが、夏が来るのが嬉しいかというと、微妙だ。
とりあえず、溜まった洗濯物を洗おうと、私は思った。
お題「糸」
「これはどうにもならないないねえ」
先輩はぐちゃぐちゃになった毛糸の束を解す手を止めて、そう言った。
その鮮やかな赤色の毛糸は、むしゃくしゃした人が糸を全部解いたあと、絶対にぐしゃぐしゃにしてやると言う強い意志で絡めました、とばかりの酷い有様だった。
「この糸、もう駄目ですかね?」
僕はその糸の上の方を持ち、引っ張った。糸は天井から垂らされていて、床に近い辺りでぐっちゃぐちゃの束になっていた。
「上は綺麗だけど、これじゃあね」
先輩はポケットから糸切りバサミを取り出すと、バチンと絡まっていないところで切った。とさっと、束が床に落ちる。
「この糸、もう駄目ですかね?」
「半々、ってところかな」
僕たちは赤い糸の管理人。
絡まってどうにもならなくなった糸は切る。少し整えてやれば綺麗になるものは整える。
そしてたまに、綺麗で真っ直ぐな糸も切らないといけないときがある。
(了)
お題「君だけのメロディ」
銀河ガイド。
星と星を繋ぐワープを行うことの出来る特殊な人間のこと。
彼らは音楽を奏でることで、遥か遠い距離を一瞬で移動する。宇宙船ごと。
奏でる音楽は、そもそも使う楽器から人によって様々で、使用する曲も多種多様だ。そして、一つとして同じ曲はない。
原理はまだきちんと解明されていない。分かっていることもあまりに専門的すぎて素人には全くわからない。
僕がわかるのは、君が、君だけのメロディのみを伴にして、孤独な宇宙を行くということ。ただ、それだけ。
(了)
お題「やさしい雨音」
雨の日に一人でいると、姉のことを思い出す。正確には、姉の弾いていたピアノの音を。
私と姉は年が離れていて、仲もそんなによくなかった。小さい頃から姉と一緒に過ごした記憶はほとんどなかった。姉は私のことが好きではなかったのだと思う。小さかった頃の私は姉に構ってもらいたかったような気がする。親に叱られた一番古い記憶では、お姉ちゃんの邪魔をしないで、だったような気がする。
姉は幼い頃からピアノを始め、周りと違って、中学や高校に進学しても続け、音大のピアノ科に進学した。
姉は両親の誇りだった。
逆に私は大した取り柄もなく、勉強もできず、意地になってそこまで向いてないの陸上を続けた。私は放課後や休みの日は出来るだけ家にいないようにした。
それでも雨の日は家にいるしか無いときもあった。
二人ともフルタイムで働く両親は帰りが遅く、家には私と姉がいた。
そういうとき、姉の弾くピアノの音が嫌でも聞こえてきた。
姉は穏やかでも、優しい人間でも無かった。気難しく、家でも学校でもよく癇癪を起こしていた。学校で、というのは人から聞いた話だが。
でも、彼女の弾くピアノは綺麗で穏やかで、優しかった。
ピアノって、どんな人間でも綺麗な音が出せるものなんだ。
当時、何も知らない私はそう思った。
家のピアノは、姉が絶対に私に触れさせないようにしていて、ピアノ自体触ったことはなかった。
雨音みたい、と私は思った。ざあざあ降る雨ではなく、霧みたいなやさしい雨音。
大人になって、そういうものではないことを知った。ピアノでも、激しく凄まじい音も出せることを。
姉もそのような音を奏でていたことも。
私が聞く姉のピアノは、姉なりに気を遣っていたらしい。
そういったことを知ったとき、姉はもういなかった。
姉は大学四回生のときに失踪した。
理由はよくわからない。学業がうまくいなかっただとか、恋人に捨てられただとか、事件に巻き込まれただとか色々言われた。
姉が戻らないまま、私も大学を卒業し、就職し、結婚した。子供ができて、父が病気で亡くなり、母もガンを患っている。
今はもう生きているのか死んでいるのかわからない姉のことを覚えている家族はいずれ私だけになるだろう。
やさしい雨音みたいなピアノの記憶も私と共に永遠に消える。
(了)