世界滅亡のニュースが流れて、大切なあの子の街まで飛んで行く───
そんなSFを妄想していた矢先のことだった。
近所の中華屋で炒飯を食べる何気ない昼下がり。
なんとなく窓の外を見た僕は驚愕した。
女の子が空から降ってきたのだから。
やんわりとお姫様みたいに降ってきたわけじゃない。
まさにあれはサイコキネシスといったところか。
高らかに飛翔して───
隕石のように降ってきて轟音を響かせ着地した彼女の一部始終を僕は見ていた。
急いで会計を済ませ、恐る恐る様子を見に近づく。
巻き上がったアスファルトの粉塵で視界が遮られる中、同じくその様子を見ていた通行人の驚きと、彼女を心配する声が聞こえてきた。
粉塵が風で舞い上がり、ついに彼女の姿を視界に捉えた。
あんなに盛大に墜落したかのように見えた彼女は、なんと平然とそこに立っているようだった。
しかもケロッとした顔をして、通行人達に謝っている。
いやー、すみません、という彼女の鈴を転がすような声が聞こえてきた。
僕は好奇心が勝ってしまった。
気がついたら、主人公になんてなれない平凡な僕は、まさに主人公のような彼女に声をかけていた。
「あ、あのー…大丈夫?」
隠しきれない驚きで少し声が上擦ってしまったが、この場面で平常心を保っていられる奴などいないだろう。
彼女は僕を双眼に納め、ぱちり、とひとつ瞬きをした。
「うん!ごめんね、驚かせちゃったみたいで。」
膝丈の青いチャイナワンピースの裾をササッとはたき、彼女は告げた。
「私、ずっと先の未来から来た。
この街は、これから宇宙人に侵略されるの。」
何を言っているのだこの子は、と思えたらよかった。
先ほどの一連の流れを目の当たりにした僕は、彼女が嘘をついているようには見えなかった。
彼女は真っ直ぐに僕を見て、再び口を開いた。
「でも、安心して。私はこの街を守りにきた。」
にっこりと笑い、彼女は踵を返す。
ここで黙っていたら、きっと僕はずっと主人公にはなれない。
僕は彼女を呼び止めた。
「きみ、名前は?」
軽やかに宙に舞い上がりくるりとこちらを振り返った彼女は、浮遊したまま再び僕を見た。
彼女はやはり超能力者で未来人なのだろう。
「私は、リンリン。」
そう告げて、ふわりと僕の前に降り立った。
彼女の名前に呼応するように、どこからともなく鈴の音が聞こえた気がした。
1/9 Ring ring
「後ろに敵船!全速力で撒くぞ!」
船長の一声で全員が一斉に動き出す。
大きくうねるカリブの荒波は、飛沫をあげて甲板に叩きつけられるが、海の荒くれどもは波で押し流されるほどヤワじゃない。
仲間が波に揉まれながらそれぞれの持ち場で踏みとどまっている中、船員の1人が声を上げた。
「真後ろだ!スペイン野郎どもに尻をつけられてる。
キャプテン、このままだと俺ら、沈められちまう!」
青い顔をして綱を握りしめている、その巨漢に似合わない小心者のリジーが船長へ叫んだのだ。
リジーの慄きは船員に伝播し、荒くれどもに不安の様相が浮かび始める。
「ああ、いくらこの船が速ぇからって…」
「スペインの船はモノがいい。このままだと追いつかれるぞ…」
一等航海士のマシソンさえも難しい顔をして、海図を睨んでいる。
「この向かい風じゃ、帆を張れない。キャプテン、いち早くここの海域を抜けないことにはあまりにも分が悪いぞ。」
僕も少し不安になり、横で操舵を取る船長を見た。
彼は静かに、考え込むように舵を握っている。
その時であった。
僕の伸びた髪を一束、後ろから吹いた風が攫っていった。
僕とほぼ歳の違わぬ若い船長の目が、ギラリと光る。
船員たちは静まり返り、リジーの震えた声が届いた。
「追い風だ…」
「追い風だ!」
「今なら逃げ切れるぞ!」
次々に船員から声が上がる。
墓場のように静まり返っていた先ほどとは打って変わって、船は熱気に包まれた。
船長がニヤリと不敵に笑い、僕を呼ぶ。
彼は潮風でベタつく僕の髪を耳にかけ、命令を下した。
「帆を張れ。」
僕はこの船の伝達員。
早急に皆に伝えろ、という合図だ。
やはり彼はこうでなくちゃ、と嬉しくなり、僕まで笑顔になり返事をした。
「イエス、サー。」
僕はデッキを駆け下り、小さな身体で声を張り上げながら走る。
「帆を張れ!追い風だ!」
荒くれたちが、僕の声で一斉に動き出す。
高いマットに登り、精一杯の声で僕は叫ぶ。
「追い風だ!帆を張れー!」
舵を切る船長と目が合う。
彼は海の荒くれの眼で、愉しそうに笑った。
1/7 追い風
いま、ボルシチ煮込んでるので
今日はいつもみたいな小説じゃなくてすみません
r です
いつも読んでくださってる方も、今初めて見たわコイツって方も
メリークリスマス
聖夜バイブス上げてこアゲ
そんなん書いてる間に鍋の蓋で火傷しました
クリスマスだし、
拙い文ですが、一手間かけていいねを押してくれたり
いつも読んでくださってる皆様に
感謝を伝えます
ありがとう
私の書く小説は、性別の無いキャラや
同性だけど恋愛要素のあるお話が多数です
私にとっては、人を好きになる際に
性別の垣根は全く関係ないです
この人、好き!って思う気持ちが大事ジャン??っていうあたいのバイブス伝われ!って思いながら書いてます
なかなか長編小説が書けず、
ここで思いついた短編をちまちまと書いていますが
来年こそは長編書いて出版社に送りつけてやります
もしかしたら道を盛大に舗装工事し直して、エロ漫画家になってるかもしれません
今年も残りわずかですが
皆様、体調にはお気をつけて
今、鍋みたら吹きこぼれ寸前だったので
ボルシチ育成に戻ります
12/25 クリスマスのすごしかた
クリスマスを目前に、サンゴは頭を抱えていた。
大きなため息をつき、カレンダーを見る。
12月25日はサンゴにとって大切な人である、レオの誕生日である。
レオは、若き天才科学者である。
彼が何を研究しているのかすら、サンゴは教えてもらっても理解できなかった。
合理的かつ論理的に思考することを好むレオは、もはや食に対してすら興味がない。
いつも紫のキラキラした美しいレース仕立ての服を着ているあたり、紫色は好きなのかもしれない。
それに加えて、レオは男性でも女性でもない。
レオは無性別なのだ。
サンゴはさらにうなだれた。
性別で相手の好みそうなものを判断することは、世間一般的に見ても少なくないだろう。
性別から予測することで全てが正しい解に繋がるわけではないが、ヒントにはなる。
無性別ということに加えて、レオのサバサバした性格が尚更サンゴを悩ませた。
少し前、レオ本人に今欲しいものはあるのかと聞いたことがある。
レオは楽しそうに「あるにはあるんだけど、まぁ君には絶対に分からないだろうね!」と笑いながらバッサリ切り捨てられた。
絶対に、というところを強調されたあたり、彼の研究に関する物資のようなものが欲しいのだろうか。
サンゴはもはや、これ以上考え込むことが無駄に感じられてきたため、街でウィンドウショッピングでもしてみることにした。
市街地に出て、様々な店を見る。
クリスマスが近いということもあり、どこもキラキラした雰囲気が漂っている。
街路樹にきらめく青紫のイルミネーションがまるでレオみたいだなと考えながらぼんやり歩いていると、サンゴの携帯に通知が入った。
「…それで、レオに何を贈るか決まったのか?」
「いや…それが…まだでして…
私の女性目線に加えて、ゾーイ、あなたの男性からの意見をもらえたら助かるんだけど…」
携帯の通知は、レオとも共通の友人であるゾーイからであった。
ゾーイはレオと同じ研究施設で働いている。
ちょうど近くのカフェにいるとの連絡だったため、レオのプレゼントについて相談に乗ってもらうことにしたのだ。
しかし、男の意見つってもあいつ男じゃねえしな、とゾーイまで頭を抱え始めてしまった。
「あいつ、欲しいものは【サンゴには絶対に分からないもの】としか言わなかったんだろ?そんなん俺でも分かんねえよ。さすがにサンゴが可哀想になってくるわ…」
「デスヨネ…」
なんか考えつくものはあるのか、とゾーイが続ける。
うぅん、と本日何度目か分からない唸り声を上げて、サンゴは口を開いた。
「…レオはいつも紫のキラキラがついた服、着てるじゃない?だから…紫色で綺麗なものをあげようかな…とか考えたりはしてるの…」
「ま、悪くないんじゃね?もう考えても分かんねぇし、あいつサンゴからのプレゼントなら何でも喜ぶって。」
「適当だなあ…」
「ちなみに、俺は絶対レオにはプレゼントしねぇから。あいつにいっつも研究資材持っていかれるんだよ。
誕生日プレゼントを通年小分けで貰ってると思えよ、
って伝えたわ。」
2人ともコーヒーを飲み終えたところで「じゃ俺は帰るからあとは頑張れよ」と爽やかな笑顔のゾーイに置き去りにされた。
…泣きついてみたが、爽やかに一蹴されてしまった。
もう考えても埒があかない、とサンゴはカフェを出て再び通りを見て回ることにした。
ふと、通りかかった店のウインドウに紫色の小さなものが見えたので、サンゴは足を止めた。
近づいてよく見ると、キラキラした小さな石のイヤリングだった。
紫色の中に青や黄色の輝きがあり、とても美しい。
これだ!と目を輝かせてサンゴは店に入った。
イヤリングならば、ピアス穴の開いていないレオも身につけることができる。
店員にラッピングをしてもらい、サンゴは上機嫌で家路についた。
心を込めて選んだプレゼントなら、きっと。
《After 2 days 20xx 12/25》
「レオ、お誕生日おめでとう!
これ、プレゼント。もし要らなければ私が使うから…」
「あぁ、そういえば今日は僕の誕生日だったね。
…へぇ。センスのいいものを選んでくれたね。
…さっそくだけど、僕に着けてくれない?」
「この前、欲しいものを聞いた時に
私には絶対分からないものだって言ってたでしょ?
ごめんね。やっぱり分からなかったから、
私がレオに似合うと思ったものにしちゃった。」
「はぁ…
しょうがないからヒントを教えてあげるよ。
僕は、君と一緒に居られたら何も要らないさ。」
12/23 プレゼント
冬にしては珍しい、よく晴れた昼。
江戸吉原の遊女達は、短い休息から気怠げに目覚め始める。
六つのとき、朝菊は吉田屋という中見世に売られた。
小声で文句を垂れつつ、のりのように薄い粥を掻き込んだ朝菊は風呂屋へ向かう準備を済ませた。
吉原の見世には、風呂がない。
此の生き地獄から逃げ出したいがために町に火をつける女郎が後を経たない吉原では、何処の見世だろうと火の元になりそうな風呂を作っていないのだ。
朝菊は昨日の情事で崩れた伊達兵庫から後毛が出ているのを気にしながら、桶にへちまと糠袋を入れた。
今日は見世へ出る前に髪結いを呼ばなきゃ、と思いつつ遣手婆に一声かけて見世を出る。
雪の降らない冬の風は、身を切り裂くように冷たい。
こんな寒さ、風呂上がりに湯冷めしちまうよ、と思いながら、朝菊は凍てつく身体を縮こめて風呂屋へと急いだ。
ようやく風呂屋に着き、身体を洗う。
へちまでしっかりと身体を擦り、糠袋でさらに磨く。
そろそろ糠がへたってきたな、と考えている時であった。
「あたし、糠袋ふたつ持ってるからやるよ。」
急に横から声をかけられ、視線をやる。
抜けるように色白のとても美しい女郎が、洒落た柄の糠袋を差し出している。
その美貌に気圧されながら、朝菊は返事をした。
「そんな、いいのかい。」
「ああ、ちょうど持て余してたんだ。ふたつもいらねえからさ。」
ありがとう、と朝菊は素直に受け取ることにした。
ふたり並んで身体を洗う。
「あたしは、柚川ってんだ。そこの深川屋でやってるよ。ゆずかわ、なんて変な名前だろ。」
「あたしは朝菊。吉田屋で働いてるよ。」
「吉田屋さんなら、あたし達ご近所さんだね。」
ふふ、と笑う柚川は、まるで柚子の花のように美しかった。
とたん、朝菊は乱れた自分の髪が恥ずかしく思えた。
昨晩の客は結った髪を乱すほどに好い男だったのかな、なんて、柚川に思われることが少し嫌だった。
柚川より先に身体を洗い終え、浴槽へ向かう。
湯に浮かんだ柚子を見て、朝菊は今日が冬至であることを思い出した。
しばし湯に浸かっていると、柚川も隣にやってきた。
今日も仕事だなんてやになっちまうよ、と柚川がぼやく。
柚川は人好きする性格のようだった。
ふたりは仕事の話や嫌な客の話、見世の遣手婆のぐちに花を咲かせた。
「柚川さんが柚子湯に浸かったら、においまで柚子になっちまうね。きれいな人から柚子のにおいがするなんて、みんな喜ぶだろうさ。」
そう言って、はは、と笑う。
柚川が仕事の用意を済ませた姿を想像して、一晩でも彼女の客になれる男が羨ましいと朝菊は思った。
柚川は、一瞬きょとんとした顔になり、すぐにまた花開くような顔で笑った。
そして、ずい、と顔を近づける。
「あんた、笑うといっそう美人になるねえ。あたしゃ、客が羨ましいよ。」
つう、と柚川の細く長い指が、朝菊の胸を伝った。
「それに柚子のにおいがするのは朝菊さんもだね。
あたしたち、ふたり、おそろいさ。」
「ふたりだけじゃなくて、風呂屋に来た女全員だろ。」
カラカラと笑う柚川に、朝菊は頬を膨らませた。
顔が熱いのは、長湯してのぼせたせいだろうか。
熱気とともに立ち昇る柚子の香に、朝菊は頭をくらくらさせた。
12/22 ゆずの香り