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1/11/2025, 12:06:31 PM

仕事を終えた私は、その足で行きつけのシーシャ屋に向かった。
今日は最高にツイてない。
朝のメイクノリは最悪だったし、今日の会議のために用意していた資料はPCトラブルにより全部消えた。
おかげで会議では上に詰められ、後輩の担当業務であった取引先へのメールも終わっておらず泣く泣く残業する羽目になったのだった。
大きく吐いた溜息が、冬の夜空に白く浮かんでは消えた。

私のマンションの近所まで帰ってくると、都会の喧騒は遠のき、住宅街が広がっている。
澄んだ空気にどこからともなく、入浴剤の香りが漂ってきた。
大通りから住宅街に入ってふたつめの路地を曲がると見える古民家の軒先に柔らかな暖色の灯りが灯っている。
「シーシャ処 檸檬」と書かれた、見慣れた看板が私を出迎えた。


古民家の扉を開けると、ふわりと軽やかなリンゴの香りが私を包んだ。
エントランスには、オーナーの趣味である観葉植物たちが、冬の寒さなんて知らないといったようにいきいきと茂っている。
程なくして真横のカウンターからオーナーが顔を出した。
私の顔を見るなり、にやりと笑い出迎えてくれる。

「うぃーすリンちゃん。そろそろ来ると思ってたよ。」

「お疲れ様です…もう21時まわってるよね…」

「死にそうな顔してんじゃん。で、今日何にする?」

「うーん…なんか疲れがふっ飛びそうなやつでお願いします。」

おっけ、おまかせね、とオーナーはまたもにやりと笑った。

上着を脱ぎながらフロアに入ると癖の強い常連たちがちらほらと既に来店している。
それぞれが私を見て、おつかれー、と手を振った。
私も挨拶を交わしながらソファーに腰掛ける。
先ほどのリンゴの香りは、ちょうど真横に座っている常連から香っていることに気づいた。
私は上着と鞄を置き、話しかける。

「コウノさん、今日もダブルアップル?」

コウノさんはいつも決まってダブルアップルという名のリンゴのフレーバーのシーシャを吸っている。
彼はシーシャの吸い口をこちらに渡し、頷いた。

シーシャは、数種類のフレーバーを混ぜて吸うと味の幅がより広がって美味しい。
しかし、このダブルアップルというフレーバーは単体で吸うことでより作り手の力量や、作り手によって味が変わるといったデリケートなフレーバーなのだ。
それゆえに、コウタさんのように根強いダブルアップルファンが多くいる。

「はは、そうだよ。まぁ、吸いなよ。なんか今日はいつにも増して疲れてそうだね。」

コウノさんから吸い口を受け取り、ガラスで出来た黄色の私のマウスピースを付けて、一服させてもらう。
リンゴの甘くまろやかな風味が口に広がる。

「死ぬほど疲れた。もう働きたくないですよ。」

コウノさんと私の会話に、他の常連たちも割って入ってくる。
一際声の大きい、坊主頭がトレードマークのスケさんが少し離れた席から私を呼んだ。

「まぁー、リン、ほら俺のも一服しなよ。愚痴なら聞くぜ。」

スケさんに礼を言い、一口もらう。
こちらは形容し難い複雑な味で、何が入ってるのかわからない。
フレーバーが複数ブレンドされているのだろう。

「美味しいけど、何味か分かんない。今日の、何?」

「忘れたー。」

ほぼ必ず、スケさんは自分の注文したフレーバーを忘れるので、彼は今日も通常運転である。
「今日のお前の注文は、コニャック・シガー・バニラ」とカウンター越しにオーナーのツッコミが聞こえた。
みんないつも通りだなと笑い、自分の席に戻ろうとした時にまたも別の常連から声をかけられる。

「リンさん、元気少ないね。僕のも吸っていいよぉ。」

「ありがとう、サクラちゃん。それじゃあ貰おうかな。」

サクラちゃんはゴテゴテに装飾のついたネイルの手でピースして笑った。
今日の彼女のシーシャは、桜餅と何かをブレンドしたものだろう。
若々しい彼女らしい、甘くて華やかな香りが広がる。
美味しさに口元を綻ばせていると、サクラちゃんがまんまるの大きな目で私の顔を覗き込んだ。

「よかった。リンさん、笑ったぁ。」

サクラちゃんの言葉で、続々と他の常連たちも私を励ましてくれる声が上がる。
やっぱりみんなに会いにきてよかった、と思った。

「ほら、リンちゃん座ってー。おまかせ、できたよ。」

ちょうどオーナーがシーシャを持ってカウンターから出てきたので、大人しく席に戻った。

吸い口を手渡され、一服する。
口の中に優しい酸味と甘みが広がった。
もわり、と息を丸く吐き出すと、芳醇な香りが白い煙となって天井に登っていく。

「今日は、梅でーす。」

オーナーが、またにやりと笑って踵を返した。

梅は、私の一番お気に入りのシーシャだ。
元から梅の味のフレーバーではなく、オーナーが複数のフレーバーをブレンドして、自分で編み出した味である。
オーナーのさり気ない気遣いに、心の中で感謝した。



店内には、緩く流れる落ち着いたジャズ調のBGMに、シーシャのぽこぽこという心地の良い水音が響いている。
時折常連たちの笑い声が混ざっては、シーシャの煙のようにふわりと消えていく。

フロアの中心のストーブの火がぱちぱちと揺らめき、
天井から下がるオレンジ色のあたたかい灯りはまるで星のように優しく私たちを照らす。


私は、このあたたかい空間がだいすきだ、と消えゆく煙を眺めながら思った。



1/11 あたたかいね




1/10/2025, 2:02:32 PM

人類が宇宙を開拓し、地球外の星々にも文明が根付いてもうかなり経った。
科学技術は大きく発展し、太陽系から遠く離れた星にさえも国がある。
そんな今、宇宙史に残る未曾有のパンデミックが宇宙全体で巻き起こっているのだ。


私は、宇宙軍第7部隊に属する軍人である。
軍の指揮系統は、パンデミックのせいで長らく混乱状態にあった。
よって私は、半年前に現地調査のため派遣された、このカナル星雲でひたすら指示を待たねばならないという状況に陥っている。

パンデミックという呼び方は、前例のない症例だからそう呼称されているだけである。
“それ”に感染した者は、人間もアンドロイドなどの機械も自我を失い、全てを破壊したいという衝動に駆られる。
周りに破壊できる人間や物がなくなるまで、感染者は暴徒と化す。
そして、最後には自己破壊行動に走る───

ただのパンデミックならば直ちに収束しただろう。
しかし、全くもって未知のアルゴリズムで引き起こされる破壊衝動は、どうやら軍上層部にも及んでしまったようだ。
軍人といえど、指揮がなければ末端の我々は機能しない。
数日前の連絡を最後に、司令部からの連絡が途絶えた。


基地にいても安全とは限らないし、何より情報が遮断されていては困るので、私は市街地に出てみることにした。
カナルの中心街はいつもの活気をなくし、閑散としている。
通行人はまばらに見えるが、人々の噂話の声は不安や焦燥感といった物悲しさに震えていた。
近隣の星系は全滅、隣の星は血の海、仕事のために別の星系に行った息子が帰ってこない───


国も、軍も、もはや打つ手がない。
このままこの宇宙は砕けたガラスのように散っていってしまうのだろうか、という無力な寂しさが私の足を止めた。
街路樹にもたれかかり、しゃがみ込んでいると頭上から声をかけられた。



「ねぇ。君、軍人なんでしょ?」

男性にしては高めの、透き通った声だった。
白衣を纏ったその人は、肩上で切り揃えられたオリーブ色のボブヘアーをさらりと耳にかけ、輝かしい青色の瞳で私を見つめている。
アンドロイドと見紛うほどに中性的な美しい人だった。
否、アンドロイドかもしれないが。


「あぁ…そうだよ。私は第7部隊所属のシュガー。」

助けを乞うために軍人と思しき私に声をかけたのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。
彼は、ちょうどいい、と満足そうに頷いた。


「僕はソルト。カナル軍第3研究室で医学研究をしてる。ここ数年あのパンデミックについて研究していたんだけど、どうやらこの非常事態、現代技術じゃ収束させることは不可能らしい。」


ソルトは自己紹介をしながら、彼の首にかかっている社員IDを見せた。
カナル軍の第3研究室は、宇宙の叡智と呼ばれるほどの優れた研究者が集う軍付属の研究チームである。
ソルトの社員IDには、その中でも特に優れた功績を残したエリートの証であるバッジがついていた。

軍付属チームであれば、軍の話をしても許される。
私は立ち上がりながら、こちらの状況を告げた。


「あぁ、残念だけどその通りだろうね…本部の指揮系統も潰えたんだ。もう収拾がつかないほど、アレは宇宙に拡大している…」


そこで、だよ、とソルトは楽しそうに笑い、グッと私の顔を覗き込んだ。



「ねぇ、シュガー。
僕と君、2人で一度、未来に行かない?」


突拍子もないことを言う人だな、と思いつつ、ソルトの言葉を反芻する。
彼は「現代技術では収束は不可能」だと言った。


「つまり、ソルト…君は未来でこのパンデミックを収束させる術を見つけて、その上で過去に戻って…」


ソルトが目を輝かせて大きく頷く。


「その通り。未来の技術なら、アレの原因を探り、収束させることができるかもしれないからね。
ただし、ある程度の科学技術の発展と文明変異の予測論文は発表されているけど、正確な未来の世界なんて誰にもわからない。
だから未来の世界で、僕の身を守ってほしい。」


ま、未来に行ったところで宇宙滅亡しちゃってるかもしれないけどね、とソルトはまたもや楽しそうに笑い、
私の手を握りしめた。


その美貌のあまり、初めはアンドロイドかと思ったが
私の手を握る彼の手は確かに、あたたかかった。



もし、私が今後も基地に滞在したとしても正直なところ何もできることはない。

私が未来の宇宙へ同行しなければ、ソルトはこの混沌とした世界にたったひとりで立ち向かうつもりなのだ。


そしてその彼はこの宇宙の未来を変え得る力を持つ、
未来への鍵である。



私はソルトの手を握り返し、応えた。

「私の命に代えても、君を守ろう。」


嬉しそうに目を細めたソルトは、エメラルドのように麗しく輝いた。




1/10 未来への鍵

1/9/2025, 9:39:55 AM

世界滅亡のニュースが流れて、大切なあの子の街まで飛んで行く───

そんなSFを妄想していた矢先のことだった。


近所の中華屋で炒飯を食べる何気ない昼下がり。
なんとなく窓の外を見た僕は驚愕した。

女の子が空から降ってきたのだから。

やんわりとお姫様みたいに降ってきたわけじゃない。
まさにあれはサイコキネシスといったところか。
高らかに飛翔して───
隕石のように降ってきて轟音を響かせ着地した彼女の一部始終を僕は見ていた。


急いで会計を済ませ、恐る恐る様子を見に近づく。
巻き上がったアスファルトの粉塵で視界が遮られる中、同じくその様子を見ていた通行人の驚きと、彼女を心配する声が聞こえてきた。

粉塵が風で舞い上がり、ついに彼女の姿を視界に捉えた。
あんなに盛大に墜落したかのように見えた彼女は、なんと平然とそこに立っているようだった。
しかもケロッとした顔をして、通行人達に謝っている。
いやー、すみません、という彼女の鈴を転がすような声が聞こえてきた。

僕は好奇心が勝ってしまった。
気がついたら、主人公になんてなれない平凡な僕は、まさに主人公のような彼女に声をかけていた。

「あ、あのー…大丈夫?」

隠しきれない驚きで少し声が上擦ってしまったが、この場面で平常心を保っていられる奴などいないだろう。
彼女は僕を双眼に納め、ぱちり、とひとつ瞬きをした。

「うん!ごめんね、驚かせちゃったみたいで。」

膝丈の青いチャイナワンピースの裾をササッとはたき、彼女は告げた。

「私、ずっと先の未来から来た。
この街は、これから宇宙人に侵略されるの。」


何を言っているのだこの子は、と思えたらよかった。
先ほどの一連の流れを目の当たりにした僕は、彼女が嘘をついているようには見えなかった。

彼女は真っ直ぐに僕を見て、再び口を開いた。

「でも、安心して。私はこの街を守りにきた。」

にっこりと笑い、彼女は踵を返す。

ここで黙っていたら、きっと僕はずっと主人公にはなれない。
僕は彼女を呼び止めた。

「きみ、名前は?」

軽やかに宙に舞い上がりくるりとこちらを振り返った彼女は、浮遊したまま再び僕を見た。

彼女はやはり超能力者で未来人なのだろう。


「私は、リンリン。」


そう告げて、ふわりと僕の前に降り立った。

彼女の名前に呼応するように、どこからともなく鈴の音が聞こえた気がした。



1/9 Ring ring

1/8/2025, 7:58:04 AM

「後ろに敵船!全速力で撒くぞ!」

船長の一声で全員が一斉に動き出す。
大きくうねるカリブの荒波は、飛沫をあげて甲板に叩きつけられるが、海の荒くれどもは波で押し流されるほどヤワじゃない。


仲間が波に揉まれながらそれぞれの持ち場で踏みとどまっている中、船員の1人が声を上げた。

「真後ろだ!スペイン野郎どもに尻をつけられてる。
キャプテン、このままだと俺ら、沈められちまう!」

青い顔をして綱を握りしめている、その巨漢に似合わない小心者のリジーが船長へ叫んだのだ。
リジーの慄きは船員に伝播し、荒くれどもに不安の様相が浮かび始める。

「ああ、いくらこの船が速ぇからって…」

「スペインの船はモノがいい。このままだと追いつかれるぞ…」


一等航海士のマシソンさえも難しい顔をして、海図を睨んでいる。

「この向かい風じゃ、帆を張れない。キャプテン、いち早くここの海域を抜けないことにはあまりにも分が悪いぞ。」


僕も少し不安になり、横で操舵を取る船長を見た。
彼は静かに、考え込むように舵を握っている。


その時であった。
僕の伸びた髪を一束、後ろから吹いた風が攫っていった。

僕とほぼ歳の違わぬ若い船長の目が、ギラリと光る。


船員たちは静まり返り、リジーの震えた声が届いた。

「追い風だ…」


「追い風だ!」

「今なら逃げ切れるぞ!」

次々に船員から声が上がる。
墓場のように静まり返っていた先ほどとは打って変わって、船は熱気に包まれた。


船長がニヤリと不敵に笑い、僕を呼ぶ。
彼は潮風でベタつく僕の髪を耳にかけ、命令を下した。

「帆を張れ。」

僕はこの船の伝達員。
早急に皆に伝えろ、という合図だ。


やはり彼はこうでなくちゃ、と嬉しくなり、僕まで笑顔になり返事をした。

「イエス、サー。」



僕はデッキを駆け下り、小さな身体で声を張り上げながら走る。

「帆を張れ!追い風だ!」


荒くれたちが、僕の声で一斉に動き出す。



高いマットに登り、精一杯の声で僕は叫ぶ。

「追い風だ!帆を張れー!」


舵を切る船長と目が合う。
彼は海の荒くれの眼で、愉しそうに笑った。




1/7 追い風











12/25/2024, 10:34:52 AM

いま、ボルシチ煮込んでるので
今日はいつもみたいな小説じゃなくてすみません

r です
いつも読んでくださってる方も、今初めて見たわコイツって方も
メリークリスマス
聖夜バイブス上げてこアゲ

そんなん書いてる間に鍋の蓋で火傷しました

クリスマスだし、
拙い文ですが、一手間かけていいねを押してくれたり
いつも読んでくださってる皆様に
感謝を伝えます
ありがとう

私の書く小説は、性別の無いキャラや
同性だけど恋愛要素のあるお話が多数です
私にとっては、人を好きになる際に
性別の垣根は全く関係ないです
この人、好き!って思う気持ちが大事ジャン??っていうあたいのバイブス伝われ!って思いながら書いてます

なかなか長編小説が書けず、
ここで思いついた短編をちまちまと書いていますが
来年こそは長編書いて出版社に送りつけてやります
もしかしたら道を盛大に舗装工事し直して、エロ漫画家になってるかもしれません

今年も残りわずかですが
皆様、体調にはお気をつけて


今、鍋みたら吹きこぼれ寸前だったので
ボルシチ育成に戻ります


12/25 クリスマスのすごしかた







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