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12/18/2024, 2:01:14 PM

濃紺に染まりかけた空に雪が舞い出した頃、千代若はかじかむ指先を温めようと火鉢に擦り寄った。この江戸にも雪が降り始める時期になったのも風情か。庭師によって整えられた千代若の父の屋敷が雪化粧を纏う姿は圧巻である。

屋敷の障子がカタカタと寒風にあてられ、音を立てる。
こんな夜冷えするのなら下女に火鉢をもう一つ仕込ませるべきだったな、と千代若は悔いた。


寒くて書を読もうにも火鉢から離れられないでいると、外の木戸が開く音がした。

こんな時間に誰だろう、と障子を少し開け庭に目をやると、千代若のよく知る少年が寒さに凍えながら庭をかけてくる。
千代若は障子を開けながら彼に声をかけた。

「与次郎じゃないか。こんな時間にどうしたんだい。」

与次郎は息を弾ませ駆けてくるなり、草履を脱ぎ捨て縁側に駆け上った。

「いやぁ、今日そこの神社の冬祭りだっただろ?お前の顔が見えねぇもんだから、土産にと思ってさ。悪ぃ、ついでにさみぃから少し温まらせてくれ。」


千代若と与次郎は身分こそ違えど、この夏同じ十四になったばかりの良き友であった。
自室に招き入れ、二人火鉢の前に並ぶ。

「与次郎、きみがこんな時間に屋敷に忍び込んだと父上に知れたら」
「わーってるって。ばれねえように上手くやるからさ。そんなことより、ほら土産だ。どうせ"若様"は、いいもん食ってるんだろうけどさ。」

与次郎は袂から金平糖の入った袋をひとつ、千代若の手に握らせた。



「その呼び方、気に入らないからやめろと言ってるじゃないか。」


ふん、と千代若は鼻を鳴らし金平糖を一粒、口に放り投げる。

千代若は続けて三粒ほど、与次郎の口に捩じ込んでやった。



12/18 冬は一緒に

12/17/2024, 12:13:59 PM

タバコの煙がぷかぷかと空を揺蕩う様を、彼女は静かに眺めていた。


たった今、彼女自身が吐き出した煙だというのにも関わらず、まるで他人事のように虚ろな目で煙の行方を追いかける。
彼女の真っ黒な髪と真っ黒な目が、銀河の青白銀を反射して輝いていた。

彼女はこの宇宙船の中でも、特にガラスドームの展望デッキがお気に入りらしく、よく夜にひとりで座り込んでいる。
タバコ片手に座り込んで、哀しげな歌を口ずさんでいる夜もあったし、喫煙していないときは緩やかで優しい曲に合わせてまるで花びらのようにダンスを舞っていることもあった。
ガラス越しに見える膨大な小惑星帯の星の数を楽しそうに数えている夜もあった。さすがにその時は、なんて無意味な行為をしているんだ、と彼女の思考能力を疑った。


毎晩、特別に何か話したいことがあって彼女を訪ねるわけではない。
だからといって、とりとめのない話なんて生産性のない会話、僕はするつもりはない。


じゃあなぜ、僕は彼女のもとへ来てしまうのか。
この僕の行為に意味はあるのか。

人間は思考をやめた時に全てが終わる。
僕は、他のどんなことだって解けてしまうのに、彼女のことになると訳がわからなくなってしまう。
分からないことは、僕にとって実に不愉快だ。


眉をひそめた僕も、また、彼女の横顔とタバコの煙をただ静かに眺めている。

これが「とりとめのない話」というものか、と腑に落ちた。



12/17 とりとめのない話

5/22/2024, 1:18:53 PM

夜が、誰にも追いつけないほど深くなった頃、布団に入り目を閉じる。
子どもの頃から何よりも安心できる、私だけの時間。
世界からは音が消え、やっと息ができる。

「また明日」
そう友達は簡単に言う。

私は、明日なんか来なければいいのにと思っていた。

目が覚め、最初に耳に入る使い込んだ目覚まし時計のアラーム。
そして、家族の言い争う声。
祖母が母を、母が祖父を、祖父が祖母を、罵り合う声。
携帯からは友達からのメッセージを知らせる通知音。
妹の啜り泣く声。
これが私の『明日』。
毎日毎日、同じ明日がやってくる。

寝ても寝なくても、明日は世界に平等にやってくる。
でも、全ての事柄は公平ではないとも思い知らされる。

朝日を燦々と浴びて囀る鳥。
他の鳥の鳴き声と共に、庭の木から飛び立ったであろう羽音。自由の音。
能天気な友達からのメッセージ。
「帰り、ゲーセン行かね?」楽しそうな声。
私を取り囲む音は、軽やかでカラフルな音でさえも、重たい音が全てを黒に塗り替えてしまう。

幾度となく明日が来ても、私自身は明日に進めない。
世界に置き去りにされたと思うようになったのは、もういつからなのかすら分からない。
黒く重たい音が、明日に進もうとする私の足に枷をつける。

誰にも追いつけない夜にぶら下がり、目を閉じる。
布団の中で背を丸め、やっと息をする。
嫌でも来てしまう明日と向き合うのが怖くて、昨日のカラフルな夢の続きを考える。

明日を、精一杯もがいて生き抜く。
そんな夢の続きを考えている。


5/22 また明日

5/20/2024, 12:24:09 PM

テレビに映るバレーボールの試合。
目を閉じると、文字通り血反吐吐いて練習した子どもの頃を思い出す。

10年の選手人生の中で、初めに脳裏によぎるのは決まってあなたと何度も戦った練習試合だった。



流れるようなフォームでスパイクを放つ、私より小柄なあなた。
ショートヘアをさらりと揺らし、軽やかに着地する。

この場の誰よりも、試合中に絶対に目を離してはいけないボールでさえも霞んでしまうほどにあなたが輝いて見えた。

同じポジションとして、悔しい。
見惚れるほどに美しいフォームから放たれる強打は、自陣に重い音を響かせ叩き込まれる。
「ナイスキー」
「もう一本」
チームメイトに声をかけられ、あなたは笑顔でそれに応じる。

刹那、あなたが振り返り、目が合う。
同時にニヤリと嫌味は感じられない、可愛げのある笑顔を向けられる。

あなたは、私の最大のライバル。
悔しいけど今日もいいスパイクだ。
私は闘志を隠さず、また笑顔でそれに応じた。

ああ、くそ。
可愛いな。

何度も練習試合で対戦するうちに、あなたのプレーも打つ瞬間のくせも頭に叩き込んだ。
背番号は5番。
攻撃の要、要注意プレイヤー。

試合終了の合図と共に、両チーム整列し握手を交わす。
試合開始と終了時に握手を交わすのがバレーボールのしきたりだが、あなたと直接交流ができるこの瞬間が何よりも楽しみだった。

「ありがとうございました」

私とあなたは毎回、他の選手よりも長めに握手を交わす。
試合よりも緊張してしまい、いつも言葉は出てこなかった。

あなたのことは、プレーと背番号しか知らない。
名前を知りたいと思っても、いつも言葉が出てこない。
来週もあなたのチームと練習試合を組んでほしい。
できることなら、公式戦で『また』のない試合をしたい。
そう思っていた。


大人になって気づいた、初恋だった。


高校に入学して、一目であなただと気づいた。
私は監督との話し合いの末、バレー部に入部することになったが、あなたはバレーボールを辞めていた。

声をかけることはしなかった。
あなたも同様に、私に気づいてくれていた。
目が合って、互いに微笑む。

それだけで十分だった。



あなたの鮮やかなプレーに憧れていた。
でも、負けたくはなかった。
可愛い笑顔で、手を差し出すあなたが好きだった。
あなたと仲良くなりなかったあの頃。
でも、名前すらも知らなかった。
初恋にも気づかなかった。


でも、それでよかった、と今は思う。
私もあなたも、女の子だから。

大きなリスクを負ってまで、過ぎた思い出を苦くする必要はない。

あの頃の淡い気持ちは、私のバレーボール人生の支えとなり、これからも心を照らしてくれる。



理想のあなた、ありがとう。




5/20 理想のあなた

5/19/2024, 3:25:06 PM

鈴虫の声が聞こえる静かな夜だった。
食卓には、ラップのかかった皿に私の大好物であるハンバーグ。
そして一枚の書き置きが添えてある。

「ごめんね、大好きよ」

丸みを帯びた優しい文字。私の大好きな字。

台所の隅には、泣き腫らした目をした妹が背を丸めて膝を抱えていた。
彼女のお気に入りのぬいぐるみは、力無く床に横たわっている。

22時を知らせる古時計の鐘が鳴り終わり、私は確信した。

ママはもう、帰っては来ない。


5/19 突然の別れ

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