湿気に弱い髪がうねるから雨の日は嫌い。そのようなことをぼんやりと思いながら、大きな窓に寄り掛かってしとしと降る雨を眺めた。「アンタ卒業したらどうするの?」不意に出た言葉だった。「世界中の美しいものを、この目に映そうと思っているよ」こちらに視線を寄越しもせず囁くようにアンタは答える。コイツの言うことはいつも嘘か真実か判断に困る。けれど何故だか本当に行くのだろうと思った。「そうして、たくさんの美しさをキミに話しに行くよ」「アンタ──」「見て、虹だよ!」アタシの言葉を遮ってアンタは外を指差しながら声を上げた。アタシ雨の日って嫌いなの。でも今日のことは絶対に忘れない。
「ボンソワール。さあ、乗って」突然舞い降りた私に驚くキミを箒に乗せて夜空の散歩をしよう。「しっかり掴まって、出発だ」魔法が使えてよかったと初めて思った。独りで泣かないで。キミが笑ってくれるなら、私はなんだってできる気がするよ。
キミのことが好きだと言ったらどんな顔をするのだろう。その美しい眉を顰めるだろうか。困らせたいわけではないから伝えるつもりもないのだけど。でもね、諦めるつもりは毛頭ないよ。キミが誰かの隣に居るなんて耐えられないから。狩りをするように慎重に。少しずつ、少しずつ、追い詰める。そうしてキミが私に微笑んでくれたら、必ず幸せにするよ。
信じてもらえないだろうし、誰かに話したこともなかったんだけど聞いてもらえるかしら。
アタシの実家にはアンティークのドレッサーがあるの。大きな三面鏡が特徴的で童話のプリンセスが使っていそうな可愛らしい見た目のドレッサー。父が幼い頃から家にあったそうで、気に入ったから持ってきたんですって。父にそっくりなアタシも物心ついた時からすっかりお気に入りになっていて、そこでメイクの練習をたくさんしたわ。
あの日もそうだった。一通り顔に色をのせて最後にリップを塗ろうと手に取ったとき、鏡には知らない男が映っていた。鏡の向こう側に居たと言ったほうが正しいかしら。本当に驚いたときは言葉が出ないのだと身をもって知ったわ。ソイツも目を丸くしていたけれど、すぐに破顔して「会いたかった」と言ったの。ええ、もちろん知らない男よ。「あなたは誰?」アタシが尋ねると彼は嬉しそうに「キミだけを映す真実の鏡だ」と答えた。
⋯⋯ああ、ごめんなさい。アタシそろそろ行かなくちゃ。え?続きが気になる?こんな話に興味を持ってくれて嬉しいわ。そう、それじゃあ、またこの場所で会えたら、ね。
『やあ、久し振りだね。元気にしているかい?と尋ねたいところだけど、キミの活躍はいつもメディアを通して拝見しているよ。先日もキミが主演の映画を観たんだ。とても素晴らしかった。キミが声を上げて泣く場面では私も涙してしまったし、キミが意中の相手に想いを告げる場面では、何故か私まで気恥ずかしさを感じてしまったんだ。笑えるだろう?エンドロールが流れ始めたとき、キミと共に過ごした学園での日々を思い出して、途端に会いたくなった。またいつか会える日を心から楽しみにしているよ』
一方的にこちらの想いを書き綴った嘘混じりの手紙を読んで、キミは何か感じてくれたりするだろうか。目を瞑るとあの頃のキミが微笑んで、気づけば泣いていた。会いたいなんて願わない日はなかった。身勝手な男だと、どうか笑ってほしい。