本気の恋
恋に恋して恋い焦がれ
これが人生最初で最後の決心と意気込んで
あなたに伝えようと踏み出して
やっぱり嫌われたくなくて今日も想いを伝えられなかったわたしの恋は
本気でしょうか、
本気であればもっと簡単にあなたに伝えられるのでしょうか、
それとも本気であるからこそ伝えられずにいるのでしょうか。
喪失感
駐車場で猫が寝てた。
朝起きるときの太陽が眩しくなってきた。
仕事帰りの信号待ちの車の中の人、多分すっごいひとりカラオケしてた。
そういうどうでもいいのに一人で持ってるにはちょっと物悲しいことを
わたしはこれから誰に話せば良いんだろう。
ほんの少し前まで「くっだらねえな」って口の端を楽しそうに上げてくれる君がいたけれど
君以外の誰が
一緒にくだらなくなってくれるんだろう。
世界中の人と繋がってたって
誰かがわたしのひとことに反応してくれたって
それはわたしが欲しかった君の反応じゃない。
世界がどんなに明るい色を纏っても
わたしがどんなに華やかな場所にまでたどり着いても
それはわたしが君に見せたかったわたしの日常じゃない。
しあわせになれなんていわないで。
君のいない空間を埋められるしあわせはないから。
胸の鼓動
息を止めると心臓が動いているのがわかる
外に出たい空気と巡りたい血液が鬩ぎ合って
耳の奥からどくどくと鼓動が聞こえる
この音は心臓の音なのだろうか
それとも血液の音なのだろうか
どこまで行けば足を止めてくれるのだろうか
踊るように
dansant.
最後のtは発音しないらしくてダンサン。意味は「踊りながら、踊るように」。初めて見る音楽記号だ。
課題のために作られた新曲で、研究されたクラシックとは違うから、自由に解釈して「踊り」を表現できたらそれで課題は合格にすると言う。
ダンスなんてしたことがない。楽譜とにらめっこしながら動画サイトで検索するも、ヒップホップ、ポップダンス、社交ダンス、バレエ、ハワイアン、サルサ、盆踊り……どれもなんとなく楽譜の音符とはあわない気がする。
ああそういえば中学生の時ワルツは授業で踊らされたっけ。
ワントゥスリーワントゥスリー、相手を変えてワントゥスリー、くるくるひらひらくるくる。
くるくるひらひら……くるくる。
…あ。落葉だ。
ひらひら落ちる葉っぱが踊ってるみたいだなんて、中学生でピュアだった僕は小恥ずかしいことを考えたんだった。
くるくるひらひら…音符にイメージを落とし込んで鍵盤に触れてみる。
銀杏紅葉落葉の道。ひらひら、くるくる…
「君、ロマンチストなんだねえ」
曲を聞き終えた先生はにやにやと笑った。
「…不合格ですか?」
「まさか。君の“踊り”、とくと聞かせてもらったよ。合格」
無事合格はもらったものの、先生の笑顔になんとなく中学生から全く成長できていないような気がして頬が熱い。くるくるひらひらで合格をもらって良かったんだろうか。
音符とにらめっこする。
ぽろぽろと僕をからかうように音符は楽譜の上で自由に踊ってみせる。
時を告げる
不思議な人だった。
朝が弱くて起きられない、と言ったら次の日にひよこを連れてきた。100%のはてな顔でひよことその人を見返すと、
「ひよこは鶏になるんだよ」
という。ええ、存じておりますが。
「鶏は古来より時告鳥と呼ばれるんだ。その声で朝を告げてくれるからね。このひよこは大きくなれば間違いなく時告鳥になる」
なんか誰か有名人の構文みたいだなと思いながらうっすら頷く。
はい、と目の前にひよこが差し出された。
「君がこの子を時告鳥に育て上げるんだ」
「……え?」
「ひよこは早起きだから朝ごはんは早めのほうが良い。水もこまめに変えてあげたほうが良いね。弱くて体温管理も苦手だから温かいところで護ってあげて」
「いや…いやいや、だから朝は苦手なんだってば」
「大丈夫だよ、君、昔うさぎの飼育委員が当たったときは文句言いながら遅刻はしたことなかったし」
「あれ以来二度と生き物なんて飼わないと誓って生きてきたんだけど?」
「まあまあ、とりあえず1週間育ててみなよ。あまりに無理そうだったら引き取るし」
「ほんとだな? 念書書いてもらうからな?」
実際に一筆書いてもらうほどの念は入れて仕方なくひよこを飼うことになった。
正直可愛かった。
ちまちまと歩く黄色い物体。餌を手のひらに載せるとそこに嘴を必死に突き立てて食べる。食べ方が下手で、水を飲むときに大半の餌が流れていくこともあった。赤ちゃんと一緒だ。
1週間が経つ頃にはこの子を時告鳥なるものに育て上げてあげよう、という気持ちが小さく育っていた。
なぜならひよこは早起きではあったが餌と水さえ置いておけば勝手に食べ、勝手に歩き回り、勝手に寝ている生き物で、捕食さえされないようにしておけばこちらの生活リズムを変えなくても済んだからである。
大きくなったひよこはやがて卵を産んだ。
えっ、と思わず声が出た。
「ねえ、ひよこが鶏になったんだけど」
「素晴らしい! やはり君はちゃんと朝起きて世話ができるひとだったね」
「いや、…まあ世話はしたけど…とにかく、鶏なんだけど」
「うん、ひよこは鶏になるんだよ。鶏は古来時告…」
「告げないんだけど。雌鳥だから」
「…──えっ」
「コケコッコーとかって鳴くの、雄鶏だけらしいよ」
「…じゃあ君のとこの鶏は……」
「コッココッコ言って卵産んでるよ」
「……新鮮な卵が食べられるね」
「まあね」
「…………」
「…………」
しばらくして、手違いでうちにやってきた鶏の代わりに、ひよこを連れてきた彼が時を告げる人になった。
目覚ましの代わりに、時告鳥の代わりに、毎朝彼は起こしに来る。
ときに起きながら、ときに二度寝しながら、うっすら思う。
人だろうが鶏だろうが、朝を告げたがるのはオスなのだと。
今日も鶏はコッココッコ鳴きながら白い卵を産んでいる。