時を告げる
不思議な人だった。
朝が弱くて起きられない、と言ったら次の日にひよこを連れてきた。100%のはてな顔でひよことその人を見返すと、
「ひよこは鶏になるんだよ」
という。ええ、存じておりますが。
「鶏は古来より時告鳥と呼ばれるんだ。その声で朝を告げてくれるからね。このひよこは大きくなれば間違いなく時告鳥になる」
なんか誰か有名人の構文みたいだなと思いながらうっすら頷く。
はい、と目の前にひよこが差し出された。
「君がこの子を時告鳥に育て上げるんだ」
「……え?」
「ひよこは早起きだから朝ごはんは早めのほうが良い。水もこまめに変えてあげたほうが良いね。弱くて体温管理も苦手だから温かいところで護ってあげて」
「いや…いやいや、だから朝は苦手なんだってば」
「大丈夫だよ、君、昔うさぎの飼育委員が当たったときは文句言いながら遅刻はしたことなかったし」
「あれ以来二度と生き物なんて飼わないと誓って生きてきたんだけど?」
「まあまあ、とりあえず1週間育ててみなよ。あまりに無理そうだったら引き取るし」
「ほんとだな? 念書書いてもらうからな?」
実際に一筆書いてもらうほどの念は入れて仕方なくひよこを飼うことになった。
正直可愛かった。
ちまちまと歩く黄色い物体。餌を手のひらに載せるとそこに嘴を必死に突き立てて食べる。食べ方が下手で、水を飲むときに大半の餌が流れていくこともあった。赤ちゃんと一緒だ。
1週間が経つ頃にはこの子を時告鳥なるものに育て上げてあげよう、という気持ちが小さく育っていた。
なぜならひよこは早起きではあったが餌と水さえ置いておけば勝手に食べ、勝手に歩き回り、勝手に寝ている生き物で、捕食さえされないようにしておけばこちらの生活リズムを変えなくても済んだからである。
大きくなったひよこはやがて卵を産んだ。
えっ、と思わず声が出た。
「ねえ、ひよこが鶏になったんだけど」
「素晴らしい! やはり君はちゃんと朝起きて世話ができるひとだったね」
「いや、…まあ世話はしたけど…とにかく、鶏なんだけど」
「うん、ひよこは鶏になるんだよ。鶏は古来時告…」
「告げないんだけど。雌鳥だから」
「…──えっ」
「コケコッコーとかって鳴くの、雄鶏だけらしいよ」
「…じゃあ君のとこの鶏は……」
「コッココッコ言って卵産んでるよ」
「……新鮮な卵が食べられるね」
「まあね」
「…………」
「…………」
しばらくして、手違いでうちにやってきた鶏の代わりに、ひよこを連れてきた彼が時を告げる人になった。
目覚ましの代わりに、時告鳥の代わりに、毎朝彼は起こしに来る。
ときに起きながら、ときに二度寝しながら、うっすら思う。
人だろうが鶏だろうが、朝を告げたがるのはオスなのだと。
今日も鶏はコッココッコ鳴きながら白い卵を産んでいる。
9/6/2024, 12:19:35 PM