こっこ

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8/29/2024, 12:26:11 PM

言葉はいらない、ただ・・・


渾身の一枚を描き上げた。
指先も腕も、身体中が痛かった。もう1ヶ月まともに眠っていない。
君の寝姿が余りにも美しくて、僕は感動しながら今日までこの絵に集中した。
誰に褒めて貰いたい訳でもない。
ただ、ただ描きたくて仕方なかった。
こんな気持ちになったのは、美大の受験の最中に初めて裸婦を描いたとき以来だ。
あのときは、デッサンだった。
モデルの女性の息を呑むほどの、均衡のとれたスタイルと独特なアンニュイさに惹かれた。
私は、女性の身体の線がとても好きなことに今更ながら気付かされた。
そして、描き上げたこの絵を、君と一緒に観たい。
言葉はいらない、ただ・・・君と一緒に観たいだけだ。
油絵の具が染み込んだ手でスマホを握った。
もう存在しない君のアドレスを開いていた。
涙が頬を伝った。

8/29/2024, 10:24:47 AM

突然の君の訪問


突然の君の訪問。嬉しいけれど、部屋が片付いてないよ…。
グラビアアイドルの表紙の雑誌が床に…。隠すの忘れてた。リビングのローテブルの上の食べかけのカップラーメンやら缶ビールの空き缶やらペットボトルをざーっと片付けるので精一杯。
こんな無精な僕を君は嫌うかな?
かろうじて綺麗なスペースの最近イケアのセールで買ったソファに腰掛けて貰ったけど…。
君のアーモンドアイの大きな瞳で、そんなに興味津々に部屋中を見られると、身体検査でもされてる気分だよ。
あぁ…心臓に悪い。
君は本棚に手を伸ばして、この写真集見て良い?て聞いた。
白川義員さんの「天地創造」。バイト代をコツコツ貯めて買った大切なものだったから、君が真っ先にそれを選んでくれたのが嬉しかった。
「すごく幻想的…。」
写真を撮ることしか出来ない僕。他は何一つ上手くこなせない。
君にだってこの気持ちが届いているかさえ疑問だ。
「今度、君をカメラで撮りたい。」
勇気を振り絞って告白したら、君はにっこり頷いた。
君の突然の訪問が、僕を天にも昇らせた。
「今日は来てくれてありがとう。」
素直に君にお礼を言った。
窓の外に月が輝いていた。

8/27/2024, 9:16:01 PM

雨に佇む


女性は残酷だ。もうこの人はムリと思ったら、二度とムリなのだ。
昨日長い春になりそうな位、ダラダラと結局お付き合いしてしまった彼を振った。
結婚するでもなく、ただ流されていく時間と彼の決断力のなさに嫌気がさした。
私も、今年で33になる。世間では晩婚も流行りの一つかも知れないが…。
そんなのどうでも良かった。自分の心に正直になった結果、お別れする道を選んだ。
朝から雨が降り続いていた。ちょうど土曜日の休みだったので傘をさして駅前の馴染みの喫茶店でナポリタンとカフェラテを飲んで、一息ついてからお会計を済ませ外に出た。
通りの真正面に傘もささずに、雨に佇む彼がいた。
これ見よがしにずぶ濡れになって、悲劇のヒロインよろしく捨てられた犬の様な目をしてこちらを見た。
私の気持ちは1ミリも動かなかった。
寧ろ嫌悪感さえ抱いた。
最後の優しさなのか何なのか、傘だけ彼に差し出した。
「傘は返さなくていいから…。」
彼への最後の言葉だった。
私は近くのコンビニでビニール傘を買って、何とも言えない気持ちのまま家路についた。
私が契約者のアパートの玄関に、紺色の無地の傘が立てかけてあった。
燃やせないゴミの日は何曜日だったかな…。
ふとそんなことを考えて玄関のドアを開けた。
雨はもうやんでいた。

8/27/2024, 8:11:33 AM

私の日記帳


3年日記というものを書き始めて、4年目になる。二冊目に突入だ。日記帳にはその日の心の機微を書き留める方々も多いだろう。
でも、私は殆どその日の行動と食したものなど…。
読み返しても大して面白くないものを、延々とかき綴っている。
理由は簡単だ。忘れっぽくなったと焦り、日々の出来事を書き留めておきたかったのだ。
ちょっとした備忘録。
でも、この日記のお陰で忘れても大丈夫!と前向きな自分になれた気がする。
洗濯をした、とか今日はトイレ掃除とか…。名もなき家事も書き留める。花の水やりっていうのも。
だから私の日記帳は何の変哲もない。
それで良いと半ば開き直って書いている。
今日も日記をつけるだろう。
朝早く起きすぎて二度寝。昨日のおかずで朝食。花の水やり。掃除機をかける。
駅前のスーパーに歩いて買い物…Pokémon GOをしながら。
昼、トーストとインスタントポタージュスープ。ミニトマト5個。夕食は炊き込みご飯。鮭としめじと油揚げの。
おかずはパス。お味噌汁もパス。ちょっと疲れ気味。
徹子の気まぐれTVを観る。読みかけのヘルマン・ヘッセを読む。今日は張り切って歩きすぎた。反省…。
こんな感じで私の日記帳は綴られていく。
明日も代わり映えはしないだろう。
それで良いのだ。

8/11/2024, 10:40:28 PM

麦わら帽子


小学校3年生の夏。家族3人で海水浴へ父の愛車で出掛けた。
久し振りの家族旅行で私は、とてもはしゃいでいた。
海の家で食べる焼きとうもろこしもラーメンも格別だった。泳ぎの得意な父の背中に捕まって、浮き輪を持ちながら波乗りも楽しんだ。
海の家で借りたパラソルで母だけは、ずっと海を見つめていた。
夜は花火も楽しかった。最後の線香花火で誰が最後まで残るか勝負した。殆ど私の勝ちだった。
母の手元が小刻みに揺れて、目には涙がうっすらと浮かんだのを不思議な気持ちで見ていた。
夜は疲れて私は一番に寝入った。夜中トイレに行きたくなって目が覚めた時、父と母が話し合う声を聞いてしまった。
「これで、家族で出掛ける日も最後だな。荷物はもうまとめたのか?」
「はい。」
「麻帆のことは、心配するな、俺の両親もついてる。家に戻ってから、お前の口から麻帆に話しなさい。」
「わかりました。」
私は、ショックと気まずさでトイレを朝まで我慢した。
味のしない朝食を食べた。母に選んで貰ったお気に入りの麦わら帽子を被って、父の車に乗り込んだ。
私は車に酔いやすいので、クーラーもかけつつ窓は全開だった。
海岸沿いを走ってカーブを曲がったその時、強い風が吹いて私の麦わら帽子が飛んでいってしまった。
私は、感情を抑えられずに声をあげてわんわん泣いた。
「又買ってあげるから。」
と母は優しくなだめてくれた。
その夏、麦わら帽子と一緒に、大好きだった母もいなくなってしまった。
遠く遠く手の届かない場所まで…。
大人になった今でも、麦わら帽子をみると胸がちょっと苦しくなって…優しかった母を思い出す。
潮の香りとともに。

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