チェス

Open App
11/12/2022, 2:03:05 PM

銃弾が頬を掠める。
耳元で空を突き抜ける音は出来損ないの子供のおもちゃのようだ。それを脳天に喰らえばあっという間にお陀仏だという理不尽さに軽く笑みすら零れてしまう。

敵は前方。10人程の小隊がアイアンサイト越しにこちらを睥睨している。彼らは皆等しく、黒いヘルメットに光を反射しない特殊なゴーグルを付けていた。中心にいる男の号令で一糸乱れぬ連携を取る様はまるで一匹の生物のようだ。物陰に隠れ何とか致命傷は免れているが、それももう時間の問題だろう。じわりじわりと、彼らは確実に距離を詰めてきている。それが焦りとなり、心臓が早鐘を打つ。指先はじっとりと汗で濡れていた。

「いや参ったね兄弟!」

死の足跡に耳を傾けていると、同じ壁裏に隠れていた男にいきなり声を掛けられた。
ちらりと横目で見ると、三十過ぎ程だろうか、ガタイのいい白髪の男が、銃に弾倉を装填していた。

「ありゃランカーだな。上から下まで最高効率の防具で揃えてやがる。加えて発砲音からこれまた最高レアリティのAK-47と来た。俺ら野良で集まったエンジョイ勢にゃぁちと荷が重いぜ。」

彼の言い分はもっともだ。装備、連携、どれを取ってもこちらのチームは劣っている。
勝てる要素は一つも無い。一発逆転のスキルもこのゲームには存在しない。あるのは愛銃と、弾が当たれば死ぬというシステムだけ。

「全くもって絶望的ですね。さっきもちらりと顔出しただけで弾掠めましたし。腕も相当ですよ、彼ら。」

全く知らない相手にこれだけ話せるのも、余裕の無い死地だからこそ成せるのだろう。普段の俺だったらきょどって声が出なくなってるのになと、自嘲の笑みが零れた。

「ま、運が悪かったと思うしかねぇ、な!」

白髪の男が意を決したように物陰から飛び出した。突撃ではなく、隣の物陰に移りながら発砲してるのだ。
フリーランでの射撃は精度が極端に落ちる。威嚇射撃による延命処置なのだろうが、恐らく──。

バリンっと、ガラスが砕けるような音が響く。白髪の男はその場で崩れ落ち、光の破片となって天へと昇って行った。
残念ながら、ランカー相手ではただの動く的にしかならなかったようだ。

さぁ、仲間もほぼ全滅。人数不利且つ装備の差も歴然。
どう考えても詰みだ。最早リタイアのボタンを押しても誰も責めないだろう。
ただ──俺はまだ、引き金を弾けてすらいない。
湿った指でセーフティロックを外す。体に預けていた銃身を腕で持ち上げる。獲物が何倍も重くなった感覚に緊張が走った。
冷や汗は留まることを知らない。頬を掠めたあの弾丸の音が脳裏に張り付いて消えてくれない。

それでも俺は、挑むことだけはやめたくない。

「顔出して、照準合わせて引き金を引く。それがヘッドならワンキル。それ以外なら無駄死にだな。」

1秒あるか無いかの世界だ。
理不尽な賭けに、空元気の笑いが込み上げる。
それでも尚、俺は物陰から顔を出し、スコープを覗き込む。

前方から圧倒的な発砲音が響く。しかし、逃げない。隠れない。目を逸らさない。

俺は通り過ぎる弾丸を肌で感じながら、静かに引き金を引いた──。

11/11/2022, 4:02:18 PM

空を飛ぶ夢を見た。
いつもは見上げるばかりの鳥達と並び、僕たちの街を見下ろした夢。
大海原を眼下に、大きく両手を広げて駆けていく夢。

目が覚めた時、先程まで繰り広げた正に夢のような体験に、落胆と興奮が同時に襲いかかってきた。
もしかしたら現実だって飛べやしないか──そう考えた僕は、ベッドから手を広げてジャンプしてみた。
結果、僕は地球の重力には逆らえず、ドンっという重たい音が部屋に響いた。現実はなんてつまらないんだろうと、朝からため息を吐く始末。火を見るより明らかな現実に、口をとんがらせたくなりもする。

ランドセルを背負い、学校に行く前にお母さんに夢の話をした。
あらいいわねなんて、適当な返事でお茶を濁される。あの興奮を一ミリも理解されていないことに心底腹が立ち、挨拶もそこそこに玄関の扉をいつもより強く閉める。

登校中もただ、あの夢の中に囚われていた。
どうやったら飛べるだろう。
どうやったら空へ羽ばたけるのだろう。
鳥だって飛べるんだ。人が飛べないわけないじゃないか。
頭の中は、ずっとそれだけだった。

授業にも身は入らず、広げたノートに翼を授かった人間を描く。絵ならいくらでも空を飛べるのに。夢の延長線上に、落書きで妄想を膨らませた。
ぼぅっとしてると先生に注意された。まずい、ノートを見られたら注意では済まない。僕は急いで落書きを消し、態度だけは真面目に授業を受けるふりする。
それでも尚、僕の頭はあの空の中だった。

家に帰り、ベッドに倒れ込む。
もう一度あの夢を見られたら。そんな思いで、宿題もゲームも放り出し、目を瞑る。

──もう一度、もう一回あの夢を。

僕は微睡みの中へ落ちていく。
飛べない僕に、翼を授かる方法はこれしかないのだから。

11/10/2022, 12:31:25 PM

──随分と明るい月だった。

田舎の片隅。人口の光など差し込まない辺境の地で、僕はぼんやりと浮かんだ月を眺めていた。
綺麗な満月が丁度真上に来ている。いつもなら足元も覚束無い程常闇で覆われるこの場所も、降り注ぐ月光のおかげではっきりと見えていた。

時折優しく流れる風が心地良い。近くで生い茂っているススキの間を通り抜け、緑と秋の香りを運んでくる。撫ぜるように通るその風に、僕は身を預けるように目を細めた。

遠くで虫の音が響く。
鈴虫の静かな独奏は、耳をすませばどんどん増えていく。普段は気にならない彼らの演奏は、少し意識を傾けるだけで小さなオーケストラの様な存在感を放っている。
もっと、さらに遠くの方で鳴いているあの蛙の合唱も、彼らの演奏と混ざり合い、綺麗な旋律を奏でていた。

一際大きな風が吹いた。
さぁっとススキが擦れ合う音がする。
虫の演奏はピタリと止み、柔らかな光が降り注ぐこの会場は一抹の静寂で満たされた。
時が止まったかのような感覚。まるで世界でたった一人しかいないみたいだ。或いは僕だけがどこかに取り残されてしまったのかもしれない。

おもむろに地面に倒れ込む。重力に負けた身体とは裏腹に、ふわりと宇宙を揺蕩っている気分だった。

このまま明日になれば、きっと怒られてしまうな。
容易に想像できる未来に少し、頬が綻ぶ。

月は、相変わらず燦然と輝いていた。

11/9/2022, 1:38:33 PM

ふとした時に思い出す。

例えばあの日の授業のこと。
例えばあの日の下校のこと。
例えばあの日の告白のこと。

顔と耳を真っ赤にして、俯いたまま手紙を渡してくれたあの頃の君の事を、今でもずっと覚えている。
手紙の内容だって、もうそんなに覚えてもいないのに、何故かあの時の君の姿だけは昨日の事のようにはっきりと思い出せるんだ。

秋の香りが近付いてきた季節。目を奪われるほど美しい夕暮れが指す教室の一幕で、僕はその手紙を受け取った。

その後君と付き合って、いつの間にか別れてしまって。
そんなどこにでもある、ありふれた青春の一ページを駆け抜けて。
それでも脳裏に焼き付いている告白を、ずっと大事に抱えている。

彼女は元気でいるだろうか。

ふと、あの日の夕暮れとともに、そう思いを馳せるのだ。

11/8/2022, 1:19:20 PM

積み立てて、壊す。
積み立てては、壊す。
その繰り返しだ。
何千年と生き長らえ、後に残ったものなど一つも無い。
あの日見た景色はとうの昔に埋め立てられ
あの日触れた貴方の顔はもう思い出せず
あの日語った我が友の声は聞こえず
今はもう、ひとりぼっちだ。

積み上げては、音を立て崩れ落ちていく。
友人も恋人も、年老いては先に逝く。
どれほど待ってくれと叫んでも詮無き事。どれほど死を望んでも意味無き事。
寂しさを埋めるために人に触れても、それ以上の虚を突き付けられる。
何度繰り返したか。もう覚えてもいない。

きっと、死は意味なのだと思う。その人が生きた意味を、最期に漸く理解するものなのだ。
だから私は、未だに生に意味を見いだせず、絶望を抱えて息をする。

Next