チェス

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空を飛ぶ夢を見た。
いつもは見上げるばかりの鳥達と並び、僕たちの街を見下ろした夢。
大海原を眼下に、大きく両手を広げて駆けていく夢。

目が覚めた時、先程まで繰り広げた正に夢のような体験に、落胆と興奮が同時に襲いかかってきた。
もしかしたら現実だって飛べやしないか──そう考えた僕は、ベッドから手を広げてジャンプしてみた。
結果、僕は地球の重力には逆らえず、ドンっという重たい音が部屋に響いた。現実はなんてつまらないんだろうと、朝からため息を吐く始末。火を見るより明らかな現実に、口をとんがらせたくなりもする。

ランドセルを背負い、学校に行く前にお母さんに夢の話をした。
あらいいわねなんて、適当な返事でお茶を濁される。あの興奮を一ミリも理解されていないことに心底腹が立ち、挨拶もそこそこに玄関の扉をいつもより強く閉める。

登校中もただ、あの夢の中に囚われていた。
どうやったら飛べるだろう。
どうやったら空へ羽ばたけるのだろう。
鳥だって飛べるんだ。人が飛べないわけないじゃないか。
頭の中は、ずっとそれだけだった。

授業にも身は入らず、広げたノートに翼を授かった人間を描く。絵ならいくらでも空を飛べるのに。夢の延長線上に、落書きで妄想を膨らませた。
ぼぅっとしてると先生に注意された。まずい、ノートを見られたら注意では済まない。僕は急いで落書きを消し、態度だけは真面目に授業を受けるふりする。
それでも尚、僕の頭はあの空の中だった。

家に帰り、ベッドに倒れ込む。
もう一度あの夢を見られたら。そんな思いで、宿題もゲームも放り出し、目を瞑る。

──もう一度、もう一回あの夢を。

僕は微睡みの中へ落ちていく。
飛べない僕に、翼を授かる方法はこれしかないのだから。

11/11/2022, 4:02:18 PM