チェス

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銃弾が頬を掠める。
耳元で空を突き抜ける音は出来損ないの子供のおもちゃのようだ。それを脳天に喰らえばあっという間にお陀仏だという理不尽さに軽く笑みすら零れてしまう。

敵は前方。10人程の小隊がアイアンサイト越しにこちらを睥睨している。彼らは皆等しく、黒いヘルメットに光を反射しない特殊なゴーグルを付けていた。中心にいる男の号令で一糸乱れぬ連携を取る様はまるで一匹の生物のようだ。物陰に隠れ何とか致命傷は免れているが、それももう時間の問題だろう。じわりじわりと、彼らは確実に距離を詰めてきている。それが焦りとなり、心臓が早鐘を打つ。指先はじっとりと汗で濡れていた。

「いや参ったね兄弟!」

死の足跡に耳を傾けていると、同じ壁裏に隠れていた男にいきなり声を掛けられた。
ちらりと横目で見ると、三十過ぎ程だろうか、ガタイのいい白髪の男が、銃に弾倉を装填していた。

「ありゃランカーだな。上から下まで最高効率の防具で揃えてやがる。加えて発砲音からこれまた最高レアリティのAK-47と来た。俺ら野良で集まったエンジョイ勢にゃぁちと荷が重いぜ。」

彼の言い分はもっともだ。装備、連携、どれを取ってもこちらのチームは劣っている。
勝てる要素は一つも無い。一発逆転のスキルもこのゲームには存在しない。あるのは愛銃と、弾が当たれば死ぬというシステムだけ。

「全くもって絶望的ですね。さっきもちらりと顔出しただけで弾掠めましたし。腕も相当ですよ、彼ら。」

全く知らない相手にこれだけ話せるのも、余裕の無い死地だからこそ成せるのだろう。普段の俺だったらきょどって声が出なくなってるのになと、自嘲の笑みが零れた。

「ま、運が悪かったと思うしかねぇ、な!」

白髪の男が意を決したように物陰から飛び出した。突撃ではなく、隣の物陰に移りながら発砲してるのだ。
フリーランでの射撃は精度が極端に落ちる。威嚇射撃による延命処置なのだろうが、恐らく──。

バリンっと、ガラスが砕けるような音が響く。白髪の男はその場で崩れ落ち、光の破片となって天へと昇って行った。
残念ながら、ランカー相手ではただの動く的にしかならなかったようだ。

さぁ、仲間もほぼ全滅。人数不利且つ装備の差も歴然。
どう考えても詰みだ。最早リタイアのボタンを押しても誰も責めないだろう。
ただ──俺はまだ、引き金を弾けてすらいない。
湿った指でセーフティロックを外す。体に預けていた銃身を腕で持ち上げる。獲物が何倍も重くなった感覚に緊張が走った。
冷や汗は留まることを知らない。頬を掠めたあの弾丸の音が脳裏に張り付いて消えてくれない。

それでも俺は、挑むことだけはやめたくない。

「顔出して、照準合わせて引き金を引く。それがヘッドならワンキル。それ以外なら無駄死にだな。」

1秒あるか無いかの世界だ。
理不尽な賭けに、空元気の笑いが込み上げる。
それでも尚、俺は物陰から顔を出し、スコープを覗き込む。

前方から圧倒的な発砲音が響く。しかし、逃げない。隠れない。目を逸らさない。

俺は通り過ぎる弾丸を肌で感じながら、静かに引き金を引いた──。

11/12/2022, 2:03:05 PM