チェス

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──随分と明るい月だった。

田舎の片隅。人口の光など差し込まない辺境の地で、僕はぼんやりと浮かんだ月を眺めていた。
綺麗な満月が丁度真上に来ている。いつもなら足元も覚束無い程常闇で覆われるこの場所も、降り注ぐ月光のおかげではっきりと見えていた。

時折優しく流れる風が心地良い。近くで生い茂っているススキの間を通り抜け、緑と秋の香りを運んでくる。撫ぜるように通るその風に、僕は身を預けるように目を細めた。

遠くで虫の音が響く。
鈴虫の静かな独奏は、耳をすませばどんどん増えていく。普段は気にならない彼らの演奏は、少し意識を傾けるだけで小さなオーケストラの様な存在感を放っている。
もっと、さらに遠くの方で鳴いているあの蛙の合唱も、彼らの演奏と混ざり合い、綺麗な旋律を奏でていた。

一際大きな風が吹いた。
さぁっとススキが擦れ合う音がする。
虫の演奏はピタリと止み、柔らかな光が降り注ぐこの会場は一抹の静寂で満たされた。
時が止まったかのような感覚。まるで世界でたった一人しかいないみたいだ。或いは僕だけがどこかに取り残されてしまったのかもしれない。

おもむろに地面に倒れ込む。重力に負けた身体とは裏腹に、ふわりと宇宙を揺蕩っている気分だった。

このまま明日になれば、きっと怒られてしまうな。
容易に想像できる未来に少し、頬が綻ぶ。

月は、相変わらず燦然と輝いていた。

11/10/2022, 12:31:25 PM