天津

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1/16/2023, 8:29:36 AM

この世界は

この世界は誰の意思でどこへ向かっているのか。
誰にも分からない。誰もこの世界の全体像を知らない。誰も同じ世界を共有してはいない。
この世界は思っているより広く、思っているより広いと思っているその広さよりきっと広い。しかし、宇宙が毎秒途方もない速度で膨張しているとしても、個人の世界は目の届く範囲にしか存在していない。
逆に言えば、個人は目の届く範囲の世界しか確定させることができない。気さくな隣人が罪を犯していようが分からない。この世界は、自分が見ている側面以外は継ぎ接ぎだらけのハリボテかもしれない。
この世界は目を瞑っている間ぐちゃぐちゃにうごめいているかもしれない。耳を塞ぐ間この世の終わりのような叫び声が天地から響いているのかもしれない。目を開け耳から手を退けたとき、隣で何でもない顔をしている友人のお陰で世界は救われたような気になる。果たして友人は本物だろうか。
この世界は眠っている間散り散りになって宙を漂っているかもしれない。目覚めたとき、触れた場所、聞こえた音、目に飛び込む光から逆算するように世界は再構築されるのだとしたらどうしよう。
この世界は明日目覚めたとき存在するだろうか。
明日は目が覚めるだろうか。

2023/01/16

1/15/2023, 7:24:26 AM

どうして

どうしてそんなに耳が大きいの。
─どこへ隠れてもお前を探し出すためさ。

どうしてそんなに目が大きいの。
─どこまで遠くへ行ってもお前を見逃さないためさ。

どうしてそんなに口が大きいの。
─お前を…食べるためさ。

じゃあどうして私を食べないの。

少女はまるいまなざしで、獣の暗い眼を覗き込んだ。
獣は一瞬息を止めた。それから、黙ったまま少女の背後に回り、毛皮の身体で包み込んだ。少女の腕が、獣の頭に伸びる。切り傷だらけのその腕を見ながら、獣はまだほんの幼かった頃、その腕に命を救われたことを思い出した。

獣は、数多の人や獣をその地で殺してきた。いつしか獣の棲む森には、自殺志願者でもない限り誰も近づかなくなっていた。

獣は少女を住処から追い出したかった。少女を殺す気はなかった。しかし、少女は何も食わず、何も飲まず、ただじっとその時を待っているようだった。
どうして、と問いかけるほど、獣は少女をよく知らない。たった一度助けられた記憶が少女の全てだ。だから獣は、こうして夜の寒さから少女を守ることしかできなかった。
どうして、と少女は呟いた。獣は目を瞑る。何へともなくこぼれた言葉は、静かに森の闇へ消えていった。

2023/01/15

1/14/2023, 3:45:23 AM

夢を見てたい

夢を見ていたい。自分に期待する夢。
努力すれば何でもできると信じて生きてきた。信じられるだけのそこそこの能力があった。
成らぬは人の為さぬなりけり、不可能はすべて自分のコントロール下にあるものと思っていた。
しかし次第に現実が見えてくる。仮に自分が秀才だったとしても天才の本気は越えられないこと。その秀才になりうるだけの情熱が欠如していること。秀才もスペクトラムで、天才以外が横並びということでは決してないこと。
それでも未だに自分の可能性を信じている。
可能性は切り札ではなく生ものだ。いつまでも手に持ってはおけない。そろそろ現実を飲み込む必要が出てくる。わかってはいる。しかしまだ、この生温かい白昼夢から覚めたくない。
まだ、自分に夢を見ていたい。

2023/01/14

1/13/2023, 7:01:41 AM

ずっとこのまま

夕暮れの街を歩く。もうずっと前から暮れなずむ街を。車道に等間隔に並ぶ車の反射光に目を細めながら、赤信号の交差点を間を縫って横切る。クラクションは鳴らない。どの車も停止したままだ。
渡りきった先のコンビニに入る。目的は食料調達だ。お腹は空いていないが、”昼食”を食べてからもう随分と歩いた気がする。何か胃に入れておきたい。いつものように低価格帯のおにぎりをひとつ取って、店を出た。
少し歩いて見つけたベンチに腰を下ろす。取ってきたおにぎりを食べようと包装を破る前に消費期限を見るが、とっくの昔に過ぎ去った日付であることを既に知っていた。パッケージの指示通りに組み立てたおにぎりにかぶりつきつつ、10年以上前から同じ色の夕空を見上げる。
「ずっとこのまま」と願ってから、時が一歩も進まなくなった。夕日が一向に沈まないのでアパートから出て歩いてみると、すれ違う人も動物も、みな動きを止めていたのだ。夢だろうかと思っておそるおそる悪戯をしてみたりしていたが、目覚める気配はまるでない。どうやら現実に限りなく近い状態で、時が進まなくなったらしいと悟った。ふざけて飛び降りたりしなくてよかったと胸をなでおろした。
はじめはこの状況を面白がっていた。何をしても誰も咎めないのもそうだが、なによりいくらでも好きなことに時間が費やせる。その日から、書きたくても書く余裕のなかった小説を書き、勉強する暇のなかった作曲を学び始めた。どちらもメキメキと上達していった。
誰も読まない小説と誰も聞かない音楽が山のように積み上がった。作るだけで満足のはずだったが、次第に倦んでいった。世界に変化をもたらしたかったのだ、と今更のように気づいた。気づいた自分にはこの世界は退屈だった。
なぜ「ずっとこのまま」と願ったのだろう。きっかけは十代の終わりに対する漠然とした不安だった気がする。あるいは初めて帰省したとき、1年しかあけていない故郷の町が知らない顔をしていたことか。自分の形が変わることも、周囲が変わることも恐れていたのだ。そしてその両方が、中途半端に叶えられてしまった。
とはいえ、それならどういう世界を望んでいたのか。日常をそっくりそのままの形で繰り返すには、時間をループさせるしかない。しかし、そんなのは無意味ではないか。
良かれ悪かれ影響しあってはじめて生きていけるのだ。生きるのなら、ずっとこのままではいられないのだ。
生きていない街の生きていない自分は、死なないためにおにぎりを飲み下した。
2023/01/13

1/12/2023, 3:30:28 AM

寒さが身に染みて

風の寒さが身に染みて、故郷の寒さを思い出す。
雪国の寒さに比べれば、なんてことはないはずなのに。

説教が頭に染みついて、子供の頃を思い出す。
あの頃はいくら叱られても、自分の正しさを信じてやまなかったのに。

何もない部屋が心に染みて、布団の中に縮こまる。
独りが堪えられないなんて、そんな性分じゃなかったのに。

湯船に浸かれば、熱と安心が全身に染み渡る。十数分後の無防備と引き換えの幸福感。

強度が下がっていく、今日この頃。

2023/01/12

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