天津

Open App

ずっとこのまま

夕暮れの街を歩く。もうずっと前から暮れなずむ街を。車道に等間隔に並ぶ車の反射光に目を細めながら、赤信号の交差点を間を縫って横切る。クラクションは鳴らない。どの車も停止したままだ。
渡りきった先のコンビニに入る。目的は食料調達だ。お腹は空いていないが、”昼食”を食べてからもう随分と歩いた気がする。何か胃に入れておきたい。いつものように低価格帯のおにぎりをひとつ取って、店を出た。
少し歩いて見つけたベンチに腰を下ろす。取ってきたおにぎりを食べようと包装を破る前に消費期限を見るが、とっくの昔に過ぎ去った日付であることを既に知っていた。パッケージの指示通りに組み立てたおにぎりにかぶりつきつつ、10年以上前から同じ色の夕空を見上げる。
「ずっとこのまま」と願ってから、時が一歩も進まなくなった。夕日が一向に沈まないのでアパートから出て歩いてみると、すれ違う人も動物も、みな動きを止めていたのだ。夢だろうかと思っておそるおそる悪戯をしてみたりしていたが、目覚める気配はまるでない。どうやら現実に限りなく近い状態で、時が進まなくなったらしいと悟った。ふざけて飛び降りたりしなくてよかったと胸をなでおろした。
はじめはこの状況を面白がっていた。何をしても誰も咎めないのもそうだが、なによりいくらでも好きなことに時間が費やせる。その日から、書きたくても書く余裕のなかった小説を書き、勉強する暇のなかった作曲を学び始めた。どちらもメキメキと上達していった。
誰も読まない小説と誰も聞かない音楽が山のように積み上がった。作るだけで満足のはずだったが、次第に倦んでいった。世界に変化をもたらしたかったのだ、と今更のように気づいた。気づいた自分にはこの世界は退屈だった。
なぜ「ずっとこのまま」と願ったのだろう。きっかけは十代の終わりに対する漠然とした不安だった気がする。あるいは初めて帰省したとき、1年しかあけていない故郷の町が知らない顔をしていたことか。自分の形が変わることも、周囲が変わることも恐れていたのだ。そしてその両方が、中途半端に叶えられてしまった。
とはいえ、それならどういう世界を望んでいたのか。日常をそっくりそのままの形で繰り返すには、時間をループさせるしかない。しかし、そんなのは無意味ではないか。
良かれ悪かれ影響しあってはじめて生きていけるのだ。生きるのなら、ずっとこのままではいられないのだ。
生きていない街の生きていない自分は、死なないためにおにぎりを飲み下した。
2023/01/13

1/13/2023, 7:01:41 AM