《心に穴が空く》
(刀剣乱舞/厚藤四郎)
その本丸で、厚藤四郎は初鍛刀だった。
初々しい審神者を初期刀と共に支えてきた。
負けた時の悔しさも、勝った時の喜びも、修行から戻ってきた時の更なる強さを誇れた気持ちも。
酸いも甘いも味わってきた。
気付けば顕現してから数十年経ち、審神者も随分と老いた。
そしてその命が閉じられる日が訪れた。
鼓動が止まり、冷たくなった審神者を見た時。
今まで戦場で人々の死を見てきた時には感じなかった「喪失感」を抱いた。
人の身を得て初めて実感するこの感情。
厚藤四郎は初めて知るその感情を抱きながら、静かに審神者を弔った
《世界で1つしかない存在》
(刀剣乱舞/骨喰藤四郎)
骨喰藤四郎は焼ける前の記憶が無い。
どこで焼けたのかすらぼんやりとしていて覚えていなくて、同じく再刃された鯰尾藤四郎は前向きに明るく振る舞うが、骨喰はそうもいかなかった。
そもそも何故かつての人間は焼けた自分を再刃したのか。
「焼ける前の"骨喰藤四郎"の写しが現世にはあると言うが、ならば俺が居なくても良かったんじゃないか....?」
馬当番でふと零れた独り言に、ハッとしたがもう遅い。
共に当番の鯰尾は「うーん、そうだなぁ」と手を止めて何かを考える。
「骨喰や俺やいち兄が再刃されたのはさ?やっぱり元の主とか吉光作だからーとかあると思うよ?でもさ?
人が骨喰藤四郎を愛してたから再刃したんだと思うんだよねー」
「俺を愛してたから....」
「ここに居る刀剣男士は皆、人によって大切にされたからここにいられるんだよ」
「骨喰も俺もいち兄も、写しがいたって、世界で一つしかない存在だから再刃されたって思えるよ」
そう言って笑う鯰尾は、とうに修行を終えているせいか、前より達観していて、明るく、強く見えた。
自分も、修行を経るとそうなれるのだろうか。
骨喰はそう思いながら、これからの事を考え始めた。
《刀の本能》
(刀剣乱舞/一期一振)
一期一振は再刃された刀である。
かつて乱刃の刃文をもっていたが、現世の帝にある一期一振は直刃の刃文だ。
故に、かつての一期一振と今の一期一振は別とも言えるかもしれない。
刀剣男士の一期一振とて同じこと。
かつての主の記憶は記録を見ているようで、自身のことだと実感できぬまま。
だからこそ、平和な世しか知らぬ一期一振にとっては、血なまぐさい戦場はどこか縁遠いものだった。
しかし、一期一振は紛れもなく"刀剣"であった。
ある日の戦場にて、一騎打ちまで追い込まれた事があった。
その時、一期一振は今まで浮かべたことの無い笑みを浮かべたのだ。
(あぁ、そうか。これが刀として、武器としての本能であり、本望が見せる高揚感か)
そしてその高揚感は高鳴る鼓動として全身を脈打った。
血が駆け巡り、脳が冴える。
「これ以上、好きにはさせん!」
振るう刃は、美術品としてのお飾りの美しさだけではなく
実践刀としての鋭い切れ味を誇り、敵を斬る。
そして敵を殲滅し、傷だらけのボロボロな姿で、
一期一振は笑っていた。
《踊るように生きて》
(刀剣乱舞/鬼丸国綱)
鬼丸の今代の主は、一言で表せば"自由な人"だった。
喜怒哀楽がはっきりしていて、好きなように生きている。
縛られずに生きることをモットーとしている姿は、鬼を斬ることしか興味がない自身からすれば縁遠いものだった。
1度、「何故そんなふうに生きられるのか」と鬼丸が尋ねたことがあった。
審神者は、「1度きりの人生なら、踊るように楽しく生きなきゃ後悔すんじゃん?」と笑って答えた。
鬼丸はその答えにも、やはり自分とは縁遠いものだと思いつつも、"1度きりの人生"という言葉だけは身近に思えた。
ならば、自分は審神者のように踊るような刃生を送ることは出来ずとも、審神者の人生が踊るようなものであれるように、力を貸そうと思えた。
《明けぬ朝は無い》
(刀剣乱舞/にっかり青江)
草木も眠る丑三つ時、にっかり青江は目が覚める。
「はぁ....」
理由というのは悪夢を見たからである。
刀も夢を見るのかと思ったが、実際見ているのだから仕方が無い。
かつて自分が斬った女と子供の幽霊が出るのだ。
あの人おなじ笑みを浮かべた女と、無邪気に近寄ってくる子供の姿にゾッとして飛び起きる日々。
とはいえ解決しないままでは困る為、"夢の中"という特殊な状況にうってつけの刀・姫鶴一文字に"夢の中にもぐってもらう"ことにより、解決の糸口を探すことにした。
夢の中ではあの日のように女の霊が幼子を腕に抱いて笑っている。
「っ.....」
逃げ出したい気持ちを抑える。
その時、隣にいる姫鶴が「あの女の人、なんか言ってない?」と呟く。
青江は「え?」と声を漏らし、改めて女の霊に向き合う。
「.......」
確かに何か、口が動いてるように見える。
「斬っちゃダメだかんね。あの人の伝えたい事を聞くのは、青江の責務だかんね」
姫鶴の言葉に青江は頷き、一歩近づく。
霊は笑ったまま青江に近付く。
そしてようやく音が聞き取れた。
「私たちを斬ってくれてありがとう。あなたのお陰で苦しみが無くなったのよ」
そしてフッと霊は消えたのだ。
目が覚めると朝日が昇り、時告鳥が鳴いている。
「ははっ....。なんだ....それを伝えたかったんだね....」
長い夜の終わりを告げる時告鳥の鳴き声は、青江にとっての暗く終わりの見えない夜の時間に終わりを告げていた。
呪いとも呼べる己の逸話に苦しむ時間は、ようやく終わったようだ。