通り雨が好き。
どうしてって?
だって。
「優しいあなたはオレを家にあげてくれる」
真っ直ぐそう言ったら、あなたは意味がわからないって顔をして眉間に皺を寄せたね。
だけど本当のことだよ。
そりゃ、オレの家が近かったらオレの家に行くんだろうけれど。
残念ながらあなたは自分からオレのところに来たりしないから、だいたい人の家にあがるのはオレの方。
それが嫌だとか、悲しいとか、寂しいとか、そういうことを思ったりはしない。
だって見てよ。この部屋を。
もう置いとけって言ってくれたオレのサイズの着替え一式。新品の下着じゃなくて、オレのってところはポイントが高い。なんのポイントだと言われたら上手く説明できないから、ツッコまないでほしい。
あなたの髪は癖っ毛で、湿気でボンッと膨らむ。
オレはふわふわのそれが好きだけど、まとまらないしかっこ悪いから人に見せるのを嫌がる。
ねえ、わかってるかな。
人に見せるのを嫌がるのに、オレはいいんだ?
すぐに家に帰って整えたいだろうに、雨に打たれて冷えたオレを先に心配するんだ?
それを全部、オレの良い方に考えてもいいですか?
「ねえねえ」
「なんだよ」
「今日どこか行きませんか?」
今日の予報は降水量0%。
けどオレのカンが言っている。
たぶん午後雨が降る。
だからそれを見越して、あなたの手を引いて出掛けようと思ってます。
本当は予報ハズレの雨じゃなくても、あなたの家行きたいんだって、伝えたい。
お題「通り雨」
窓から見える景色が嫌いだった。
キラキラして。
うるさくて。
楽しそうで。
バカみたいで。
…………羨ましくて。
届かない夢みたい。
叶わない願いみたい。
遠い遠い世界みたい。
窓ガラスで屈折した景色をずっと見ていた。
綺麗なふりした汚物をずっと見ていた。
こわいものであふれた世界をずっと見ていた。
こわいものみたさじゃないナニカで、ずっと。
窓から見える景色を見ていたから。
ぎゅっと手を繋いで窓を開ける。
ガラス越しじゃないだけの世界が広がっていた。
「怖くないでしょう?」
「……こわいよ」
「あら。でもね、君が思っているよりずっと、誰も君を見ていないよ」
「……」
「それでも怖いなら、手を繋いでいよう。私強いの
、知ってるでしょう?ボコボコにしてやるからね!」
「…なにそれ」
直接見える景色も、窓から見える景色も、何一つ変わりは無かった。
けど、やっぱり。
人に遭うのはこわいから。
「…………はなさないで」
「よし来た!」
ぐっと握った拳の根本で盛り上がった立派な力こぶは、本当に人をボコボコにしそうな強さがあった。
お題「窓から見える景色」
子どもが消えた公園。
いや、別にシリアスな状況とか最近問題になっている『公園で子どもを遊ばせるな』とかいうトンチキ理論の被害公園というわけではなくて。
現時刻は18時。
いくらまだ明るいと言っても公園で遊んでいただろう子どもは家に帰っている時間だ。
夕焼けの赤い光に照らされた公園の遊具。
幼いころと比べて極端なほど安全に、もっと素直に言えばつまらなくなった遊具たち。
それが悪いことだとは思わないけれど、小さな身体で怪我も気にせず駆けて登って怒られた日々は何故か誇らしさがあって、やはり寂しいと感じるのだ。
「あ、ジャングルジム!懐かしいなあ」
公園の自動販売機で買った飲料を飲みながら待っているとようやく待ち人が来た。
今日はどこを散策して放浪していたのだろうか。
説明を求めてもマトモな答えが返ってくる保証は欠片もないけれど、ある程度は場所を把握しておかないと後で大変な目に遭うことは確実だ。
「こんなに小さかったんだあ……うわあ……」
その反応で本当に合ってるのか?
ジャングルジムのすぐ近くに立った背中に近寄って隣に並ぶ。
「子どもの時より当然身長伸びてるし、こんなもんだろ」
「そーなんですかねえ」
「そーなんですよ」
適当に受け流して、家に帰ろうと手を振った。
明日もしっかり予定が入っているのだ。
帰ったらすぐ飯作って、風呂入って。
指折り数えていたら、その思考を吹っ飛ばすように綺麗な顔が近付いてきた。
「あなたもジャングルジムで遊んでました?」
「は?まあ……それなりに」
「どんな?せーので言い合いましょ」
「交互に言えばいいじゃん」
「いーいーかーらー!」
「あー、はいはい」
「いきますよー、せーのっ」
「てっぺん目指して登ってた」
「下から入って迷路で遊んでましたー」
同時に言って、見つめ合う。
なんだって?
「迷路?」
「てっぺん?」
二人で見つめ合う。
山があれば勝手に登りに行く問題児が、ジャングルジムの下方で遊んでた?
そんな馬鹿な。
「んふふ」
「なんだよ」
「いや、だってさあ」
オレはおまえの幼少期が上手く想像できなくて悩んでるってのに、なに笑ってんだ。
「遊具一つ取っても正反対なのに、今はおんなじ方向見てるって思ったらたまらなくて」
「…………っ」
言葉にされるととてもヤバい。
自分で言っといて照れるアホから急いで目をそらした。
たぶんオレも、見せられない顔になってる。
お題「ジャングルジム」
振り抜かれた拳を横目で見る。
痛いだろうなあ。
ぼんやりとそんなことを思いながら、ゆっくりと瞬きした。
「おまえは、自分が何したのか分かってんのか」
口の中に広がる血の味が耐えられなくて地面に血ごと唾を吐いた。
顔を上げれば、怒っている先輩の姿。
殴られた頬を手を当てながら目をそらす。
「なあ。なんで」
「これ以上はダメなんです」
「……は?」
「このままいたら、オレはオレじゃなくなっちゃう」
―君の旋律は悲鳴のようだね。
冷たい孤独から吐き出されるそれらが、称賛の種だった。独りぼっちで寂しがりやな泣き声が、人の心を揺り動かすらしい。評論家の言葉はわからないけれど、その唯一無二を失った先を上手く想像出来なかった。から。
「だから出ていったのか」
「……」
だって。
あの人は暖かすぎる。
人付き合いが苦手なオレの失礼な言動もある程度笑って流して。
健康的な衣食住を整えて。
締めるところはきっちり締めて。
あの人が隣に立っている日常に慣らされて、どうにかなってしまいそうだ。
ずっと一人だった。
ずっと独りだった。
あの日。今日のご飯はなんですか?と、一泊二日で旅行に行くと聞いていたのに、誰もいないリビングに話しかけた瞬間。
あの人がオレの中に深く根付いていることに気がついた。
気がついたらもうどうしようも無くて。
早く逃げなきゃって。
本当は。
あなたの傍で平穏を享受したかったのに。
本当は。
あなたにもたれかかって眠りたかったのに。
本当は。
あなたを泣かせたくなんてなかったのに。
本当は。
オレの中に生まれた気持ちごと、あなたを大事にしたいのに。
臆病者なオレには、それができなくて。
お題「大事にしたい」
オレの好きな人について。
かっこいい。
優しい。
頑固。
ちょっと迂闊。
ロマンチスト。
というわけで。
「何がというわけなんだよ」
「夜景が綺麗なレストラン教えて下さい」
「それをどうしてオレに訊く」
「色々知ってそうだから」
あと単純に、オレの好きな人と趣味が似ている。
この人が選んだ場所なら、あの人の好みにもヒットするだろう。
ちょっとムカつくけど。
「てかなんでレストラン限定なんだよ」
「……プロポーズってそういうとこでするもんじゃないの?」
「プロ……!?、そんなんどこでもいいだろ」
「でもちょっと特別感をさあ……」
あの人ロマンチストだし、こういう一生ものはいつもはしないこと頑張ってみたい。
「それと先輩この前家でぐーたらしてる時にプロポーズしてことわ」
「おうそれ以上言ったらオメーの似非天然エピソードあいつに暴露すんぞ」
「やめてくださいよーカワイイ後輩で通してんですからー」
あの人許容量超えると謎のフットワークの軽さで脱走しちゃうから少しずつ慣らそうと思ってたのに、こんなところで暴露されたんじゃたまらない。
ぷん、と頬を膨らませたら、先輩に膨れた頬を潰された。無念。
「何箇所か教えるけど、おまえそういうの似合わないな」
「似合わないからドキッとしてもらえるんじゃないですか」
「ドキッと以前に正気を疑われるぞ」
「えー……そんなー……ううん…………」
言われたら不安になってきた。
「ところでそれレストランが大事なの?夜景が大事なの?」
「……別にどっちも大事じゃないです」
先輩の顔にピキッとした筋が浮かんだ。
あわわ。
「じゃあ折衷案だ、夜景の綺麗な山頂行け」
「さんちょー?」
せっちゅーあんって何だろう。
まあいいか。
「聞いてくれてありがとうございましたー。成功報告楽しみに待っててくださいねー」
ブンブン手を振って、二人の空いている日を確認するためにスケジュールアプリを開く。
先輩があの人からもオレと同じような相談を受けていたとオレが知るのは、だいぶ後になってからだ。
お題「夜景」