Sweet Rain

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11/11/2024, 1:11:56 AM

 ススキを花束にして渡したら、グーで殴られた。

「殴ることないじゃんかよぉ」

 痛む頬を手で擦(さす)りながら、俺は文句を垂れる。
 目の前には、俺よりもずっと小さい女の子。


「やかましい! 戯言(たわごと)を抜かす元気があるのなら、もっと可愛い花を持って来ぬか!」

 この可愛らしい風貌で、なんて横暴なヤツなんだ。
 俺も負けじと声を張り上げる。

「お前こそ、文句言う前に礼が先だろ?! 失礼なヤツめ!」
「失礼は汝(うぬ)じゃ! 稲穂ばかり寄越す人間らに飽き飽きした故、汝に別の花を持って来いと申したのじゃ!」

 クラスでよく声がでかいと叱られる俺。
 しかしその倍の声量で反撃されて、ちょっと泣きそう。

「ススキを舐めんじゃねえよぉ……花言葉いっぱい持っててさぁ……縁起もいいのにさぁ……」

 後半は鼻声でぐしゃぐしゃだった。
 俺の「男泣き」というより「マジの号泣」を見せられて流石に困惑したのか、女の子はバツが悪そうにたじろぐ。


「ふん……まぁ、こうして見ると悪くないのぅ」

 散らばった束のうち一本を手に取り、女の子が呟いた。
 未だべそをかく俺にそっと近付いて、顔を覗き込む。

「……はて、何やら甘い匂いがするが」

 そう言われてやっと、俺は二つ目の目的を思い出した。
 泥まみれのランドセルから、キャラメルを取り出す。

「これ……お前にやる」

 恐る恐る、女の子は包み紙を剥がして口に含んだ。
 不安げな顔が、瞬く間に輝かしい笑顔になる。

「…………悪くないのぅ」

 自分の顔が緩んでいることに気が付いたのか、すぐに元の顰め面に戻ってしまった。素直じゃないなぁ。



「――なんだか今年は、やけに豊作だね」
「……もしかして、ススキが効いたのかなぁ」
「ススキ?」
「ううん、何でもねぇや」

  2024/11/10【ススキ】

11/10/2024, 6:13:52 AM

 君は写真が下手くそだ。

 奮発してご馳走したフレンチは残飯みたいだし、旅行先の景色はモチーフが悪くて特別感がないし――そうだ、いつの日か隠し撮りした私の寝顔なんて最低の出来だった。

 下手くそでも、楽しそうに撮っていたのに。
 君はいつも、肌身離さずカメラを持っていたのに。

――ある日突然、君は写真を撮ることをやめた。


「なんで撮らなくなっちゃったの?」
「……もう、撮る意味がなくなっちゃったから」
 
 私が尋ねると、君は寂しそうに微笑んだ。
 目を合わせてはくれなかった。

「未練タラタラじゃん。うける」
「……そうだね。君に未練タラタラだよ」

 私は死んだ。
 そして退屈な私は、君に憑きまとっている。


「フィルム越しでしか君を見れなくなって、気付いたんだ――君のこと、どれだけ僕はこの肉眼で見ただろうって」

 だからこれは自戒なんだと。
 そう言って、君は俯く。

 反則でもいいから、もう一度私を見て。
 君の好きなカメラで、いくらでも。

――次はフィルムじゃなくて、脳裏に焼き付けてよ。

  2024/11/09【脳裏】

11/9/2024, 6:12:32 AM

 例えばそう、小麦粉を特効薬として飲ませるような。

 嘘。偽物。紛い物。そして、プラセボ(偽薬)。
 ヒトの思い込みというのは、実に不確かなものである。
 

「騙し騙し生きていく人生に、如何程の価値がある?」

 君の瞳に映る世界に、眩(まばゆ)い真実は無いのだろう。
 疑心暗鬼に唆(そそのか)された、哀れな男。

「人生に意味を見出すのに、君は幼すぎるのさ」

 そう、君は幼い。
 だから「私」というプラセボに、依存する。


 希死念慮を患う人々に、定期便で「毒薬」を渡す仕事。
 そこに勤める私が派遣された先、それが君。
 
 週に一回、私は君に「毒薬」を送り届ける。
 有難がって「服毒」する君は、滑稽とも言えた。

 そんな物で、死ぬわけないのに。


「いつになったら死ねるんだろう」

 虚ろな目で、君はそう呟いた。
 時の流れは早く、君が「服毒」し続けてもう半年。
 そろそろ気付いても良いはずなのだが。

「……そのうち死にますから。ほら、今週の分」
 
 意味がないこと。
 それは「服毒」であって、「服毒し続ける人生」ではない。

 そう伝えるにはまだ、君にプラセボが足りない。

  2024/11/08【意味がないこと】

11/8/2024, 5:37:01 AM

「――あなたの心臓(heart)に、時限爆弾」

 そう言って、戸惑うあなたのグラスに乾杯した。
 一気に飲み干すと、度数の高いアルコールが喉を焼く。
 
 埃被ったカウンター、黴(カビ)臭い空調機の風。
 廃れたbarの隅に、あなたとふたり。

「恋(love)には寿命があるのよ。ご存知?」

 まるで宣戦布告。
 そうだ。これは不条理極まりない戦争なのだ。
 この一夜で、わたしはあなたをオトす。

「……つまり、私の恋は今から殺されるのか。貴女に」
「人聞きの悪い言い方ね。……間違ってないけど」

 恋する乙女の観察眼とは残酷だ。
 それは想い人の恋心さえ見抜いてしまう。

「日本語の上手い貴女にひとつ、教えて差し上げよう」
「なにかしら(What?)」
「恋は別に、心臓(シンゾウ)でするわけじゃない」

 だから私の恋は、殺されようとも終わらない、と。
 そう言って、あなたは得意げに笑ってみせた。

「ジョークの上手いあなたにひとつ、教えてあげる」

 あなたの口振りを、表情を、そっくりそのまま真似る。
 曇った顔すら愛おしい。なんて可愛いの。

「――恋心(love)と心臓(heart)は、また別物よ」
 
 眠るように、あなたがカウンターへ倒れ込んだ。
 惜しいことに寝息は聞こえない。


「言ったでしょ? 心臓(heart)に時限爆弾、って」

 心のheart(ハート)。臓器の心臓(heart)。
 それは日本語で言う、言葉の綾、というやつ。

「一目惚れなの。アメリカにあなたみたいな人はいないわ」

 英語と日本語。アメリカ人と日本人。
 それらの差は大きいようで、案外どうでもいい。

「あなたを手に入れるためなら、どんな罰も覚悟する」

 死者と生者。
 それはあなたとわたし。
 
  2024/11/07【あなたとわたし】

11/7/2024, 12:02:19 AM

 雨が降る中、傘もささずにアイスキャンディを齧る。
 晴れわたる青空と穏やかな降雨は、ちぐはぐで。


「――目を凝らしたら、雫のかたちが見えそうな雨」

 それが、君がこの天気を好む理由。
 初めてそれを聞いたときの、ロマンチストな表情をする君の横顔に伝う、細やかな雫が目に焼き付いている。
 

「…………」

 この雨は、世界から音を取りあげる。
 意気地のない僕が君に愛を囁くには最悪の気候だった。

「…………」

 目の前にいる君の乾いた唇が、ほんのわずか開かれた。
 僕と同じ口の動きをしたのではないかという見立ては、未練がましい僕の妄想かもしれない。


 僕を差し置いて、どこの狐に嫁いだというのだ君は。
 そう文句のひとつでも言ってやりたいような。

 僕の決意が遅かったのか、君の歩みが早かったのか。
 それは未だに分からないままで。


 淡く架かる虹と代わるように、君の輪郭がぼやける。

 困るのだ。君はいつも奔放で、いつの間にか姿を消す。
 まだ伝えたいことが、山ほどあるのに――。


 半分も手つかずのアイスキャンディが、滑り落ちた。
 咄嗟に掴んだ手に伝わる冷ややかな刺激で、我に返る。

 僕の頬を流れるのは、ありふれた涙ではない。
 悲恋にあえぐ雫は、とうに枯れてしまった。

 美しく、そして憎い。
 それはあの日と同じ、柔らかい雨。

  2024/11/06【柔らかい雨】

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