「――あなたの心臓(heart)に、時限爆弾」
そう言って、戸惑うあなたのグラスに乾杯した。
一気に飲み干すと、度数の高いアルコールが喉を焼く。
埃被ったカウンター、黴(カビ)臭い空調機の風。
廃れたbarの隅に、あなたとふたり。
「恋(love)には寿命があるのよ。ご存知?」
まるで宣戦布告。
そうだ。これは不条理極まりない戦争なのだ。
この一夜で、わたしはあなたをオトす。
「……つまり、私の恋は今から殺されるのか。貴女に」
「人聞きの悪い言い方ね。……間違ってないけど」
恋する乙女の観察眼とは残酷だ。
それは想い人の恋心さえ見抜いてしまう。
「日本語の上手い貴女にひとつ、教えて差し上げよう」
「なにかしら(What?)」
「恋は別に、心臓(シンゾウ)でするわけじゃない」
だから私の恋は、殺されようとも終わらない、と。
そう言って、あなたは得意げに笑ってみせた。
「ジョークの上手いあなたにひとつ、教えてあげる」
あなたの口振りを、表情を、そっくりそのまま真似る。
曇った顔すら愛おしい。なんて可愛いの。
「――恋心(love)と心臓(heart)は、また別物よ」
眠るように、あなたがカウンターへ倒れ込んだ。
惜しいことに寝息は聞こえない。
「言ったでしょ? 心臓(heart)に時限爆弾、って」
心のheart(ハート)。臓器の心臓(heart)。
それは日本語で言う、言葉の綾、というやつ。
「一目惚れなの。アメリカにあなたみたいな人はいないわ」
英語と日本語。アメリカ人と日本人。
それらの差は大きいようで、案外どうでもいい。
「あなたを手に入れるためなら、どんな罰も覚悟する」
死者と生者。
それはあなたとわたし。
2024/11/07【あなたとわたし】
11/8/2024, 5:37:01 AM