Sweet Rain

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12/24/2023, 2:47:37 PM

 [ごめんなさい、急用で行けません]

 きつめに巻いた茶髪を揺らし 歩きつつ煙草を咥える。
 初デートの待ち合わせ 早く家を出すぎてしまった。

 困惑を解すべく路地裏で一服。ライターが冷たい。
 喫煙後のブレスケアが 煙と重なりぼんやり頭に浮ぶ。

 
 新調したブーツも 濃いめのメイクも 忍ばせた香水も
 今となっては全てが恨めしい。

 ああ、漠然と何かが憎い――ジュッ。
 ふいに指先に熱が突き刺さる。

 気付けば煙草が 持ち手のすぐそこまで
 燃え尽きようとしていた。


 ふと 寂れた居酒屋の薄汚れた看板が目に入る。

 繁華街の街路樹に巻かれたイルミネーションの光は
 ここまで届きやしない。


 扉を開く。 ジャラジャラと鬱陶しい鈴の音。
 気怠げな店主の「いらっしゃい」の声に被せた「生一つ」。
 
 目元に滲んだマスカラを拭い 乱雑に髪を結う。
 鼻をすするのは 底冷えする寒さのせいだ。

 そんなイブの夜。

   2023/12/24【イブの夜】

12/7/2023, 2:36:38 PM

 「あっ、こんな所に穴が空いてやがる……」

 年末に向けての大掃除にて 観葉植物の鉢を退かすと
 壁の隅に ぽつりと小さな穴。

 だらしなく伸びっぱなしの葉を茂らせた モンステラ
 最後に剪定してやったのは いつだろうか。

 
 「シロアリだけは勘弁だぜ、まったく……ん?」

 屈んで床に頭をつけ 片目を瞑って覗き込むと
 何かを煮詰めているような 甘い匂いが仄かに香る。
 
 お隣さんだろうか、いやまさか。
 耳を澄ませば 何やら賑やかな音さえ聞こえる。
 
 「もう運んじゃっても構わないかい?……あ」

 陽気な声が 近くではっきり聞こえた。
 さらに目を凝らして観察していると──目が合った。

 よたよたと危なっかしく歩きながら
 小さな体に対し 随分 大きなフルーツパイを持った男。

 「……えへへ、一緒にどう?」

 照れくさそうに はにかみながら
 男は自慢げにパイを高々と持ち上げる。

 「……じゃあ、お言葉に甘えて……」


   2023/12/07【部屋の片隅で】

10/16/2023, 4:00:05 PM

 あと 何日生きられるだろうか――。

 闇夜ひとり 命を静かに燃やす。
 うっすらと汗ばむ身体 ひんやりとした夜風が心地よい。

 
 「蛍を捕まえたの」

 小さな両手をそっと籠のように合わせ そう微笑む君。
 指の隙間から漏れ出る光は 淡い愛の色だった。


 ひと夏が終わるのを待たずして 君は死んだ。

 君との最後の記憶は
 あの蛍が君の手の中で息絶えたこと。

 誰にも愛を伝えることのないまま
 命の灯火が消えてしまった あの蛍と

 幼くして 流行り病に身体を蝕まれた君が重なる。


 あれから十数年。
 これは天命か 僕も君と同じ流行り病に冒された。

 口元の血を袂(たもと)で拭いながら
 あの蛍の墓の前でしゃがみこむ。

 自分が蛍を死なせてしまったと
 涙を滲ませ 君が弔った墓。


 こうしている間にも 刻一刻と
 己の命が削られているのが分かる。

 血が染み込んだ袂に 蛍一匹。
 とうに季節外れとなった 孤独の蛍に同情する。

 「無意味だと言うのに お前は」
 
 穏やかに点滅を繰り返す彼に 思わずぽつりと嘆いた。


 ふいに込み上げてきた 激しく大きな咳。
 蛍が 飛び立つ。


 朦朧とし、ぼやける視界に映る あのやわらかな光は
 何年の時を経ようとも 変わらず愛の色。



   2023/10/16【やわらかな光】

10/14/2023, 4:18:20 PM

 いつか あの天空を翔ける そんな夢を見ていた。
 翼を広げ 風に身を委ね 空を覆う雲の上まで。


 兄弟は みな行方知らず。
 巣立ちと呼ぶには 早すぎた。

 監獄でひとり 今日も空を見上げる。

 足に付けられた硬いリング。
 自由の翼は閉じたまま。

 巨大生物が蔓延る この地上は窮屈だ。


「コノコニシマス」

 意味は分からないけれど
 どこからともなく声が聞こえる。

 監獄が、開く。視界が、開ける。


「モライテガ ミツカッテ ヨカッタネ。シアワセニネ」

 背中を押された気がした。
 あの天空に飛び立つ時は 今しかないと。

 体を激しく捻り 羽を辺りに散らしながら
 必死に掴みかかろうとする 巨大生物の間を翔け抜けて
 
 今、高く高く 飛翔する。


   2023/10/14【高く高く】

 

8/31/2023, 3:24:07 PM

 知ってるか、と得意げに話しかけてくる僕。


 「人って本当に絶望したとき 笑みが溢れるモンなんだぜ」


 ニシシ、と茶化すような笑顔で 僕の傷付いた心なんか
 お構いなしに顔を覗き込んでくる 無神経な僕。

 
 「……じゃあ、今の僕は笑ってるのか?」

 「そりゃあもう、酷(ひで)ぇ顔さ。真顔の方がマシだね」


 相変わらずの軽薄な人柄に 思わず苦笑する。
 さすがは [悪ガキ時代の僕] だ。


 僕らの目の前では既に 凛々しい顔をした [僕] がいる。


 「毎度思うけど [一皮剥ける] ってのは命懸けよなァ」

 「……まぁ、実際 僕たち死んでるもんな」


 ――今度は上手くいくといいな。
 死んだ僕らの分も生き抜いてほしい。成長してほしい。

 まだまだ青臭い 不完全な僕。
 

  2023/08/31【不完全な僕】


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 私事で恐縮なのですが、「書いて」をインストールして
 早くも1年が経過いたしました。

 応援してくださる皆さま いつも励みになっております。   
 本当にありがとうございます。

 これからも精一杯 物語を綴らせていただきます。
 「誰かに夢を魅せたい」。

  Sweet Rain

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