Sweet Rain

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8/27/2023, 2:01:06 PM

 嗚呼、雨よ。どうか一刻も早く 洗い流してくれ。
 アスファルトに染みゆく この血飛沫を。

 そして一刻も早く ここから立ち去らねば。


 山道の急カーブ。見渡す限り木に覆われた晦冥。

 鹿でも轢いたか。あるいは猿か。
 そんな期待はフロントドアを開けて 間もなく散る。

 
 嗚呼、人だ。自分と同じ形をした生き物が そこにいる。
 どうか一刻も早く立ち去りたいのだが 足が動かない。
 
 絶え間なく降る小雨が しっとりと肌を潤す。
 濃い土の香りに紛れ 這い回る赤黒き鉄の匂い。


 「……ずっと、ここにいたのか」

 朽ちたガードレールと木陰の隙間に 人影ひとり。
 嗚呼、[また] 轢いてしまった──否、これは[警告]か。

 なおも穏やかに降り続ける小雨。
 その静穏さに隠された 確かな殺意を全身に浴びて。


 そいつと、私と。
 見つめ合い動かぬまま 雨に佇む。


  2023/08/27【雨に佇む】

4/3/2023, 12:45:37 PM

 朧げな歌詞を口ずさみ 鍋底に焦げ付いたキャラメルを
 たっぷりのミルクで温め溶かす 休日の午後。

 木べらでゆっくりとかき回しながら
 ほろ苦いホットミルクを煮ている間にビスケットを1つ。

 
 「こら、おまえはだめ」

 昼寝に飽きた飼い猫が台所にやって来て
 ビスケットが詰まったガラス瓶の口を覗いていた。

 慌てて瓶の蓋を閉めると
 にゃあ、と ちょっぴり不満げな顔をしてみせる。

 
 「おまえは こっちを1つだけね」

 そう言って市販の猫用おやつを差し出せば
 たちまちご満悦の表情で瞳を輝かせ 指を舐めてきた。
 
 
 ぐらっと鍋底からミルクが盛り上がり
 焦がしキャラメルの香ばしい匂いが台所を包む。

 もう1つだけ、と昼寝を再開した彼の目を盗んで
 私は静かにビスケットを頬張った。


  2023/04/03【1つだけ】

4/1/2023, 6:43:26 PM

 『嘘つきチョコレート』

 ──そう筆記体の文字で書かれた紙箱が目に止まった。

 悪戯グッズのひとつだろうか、と物思いにふける。
 

 残業が日常になりつつある繁忙期
 胃を酒で満たすのも疲れるほどの疲労を抱え
 かと言って まっすぐ帰宅するのも気が進まないこの頃。


 気まぐれで立ち寄っただけの埃臭い古書店で
 帰りがけに まさか自分の興味を惹く品があったとは。
 
 手のひらサイズの箱は意外と薄手の柔い素材で、
 手に取ってみるとほんのりカカオの香りが漏れていた。


 本当に売り物なんだろうか。

 値札を探そうとして箱を裏返すと、
 潰れた手書きのインク文字で小さく何か書いてある。


 『隠し事を秘めた貴方へ』


 思わず苦笑する。
 確かに俺はこのチョコレートにふさわしい嘘つきだ。

 この嘘に値段など つけられまい。

 [気まぐれ] で毎日通ったこの店は、そして [彼女] は
 とうの昔に見抜いていたのだ。

 迷わずチョコレートをレジまで持って行き、
 待ちくたびれたような顔をした [彼女] と目が合う。


 「──もう、嘘はつけませんね」

 そう微笑んだ [彼女] の後ろで
 木製の大きな時計が0時を回るのが見えた。

 言い訳がましく長い俺のエイプリルフールは
 どうやらもう終わりらしい。



  2023/04/01【エイプリルフール】

11/19/2022, 3:52:29 PM

 ――ギィ。

 ひどく甘美な香りに誘われて
 寝ぼけ眼を擦りながら木製の苔むした扉を開いた。



 “決して真夜中に魔女の森へ足を踏み入れてはならない”
 “命知らずな者さえ恐れおののく魔境の地”

 そんな古くから伝わる村の禁忌を破り、
 森を散策していた僕は 濃霧に惑わされここまで来た。


 暗赤色に鈍く光る月に照らされながら
 鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けて見つけた一軒の小屋。

 建物を目視すると同時に 僕の意識を奪ったのは
 泥臭い森に似つかわしくない、甘い甘い香り。

 
 ギィ、と大きく木が軋む音をたてながら
 おそるおそる 小虫が這う苔むした扉を開けた。

 扉の向こう側 僕の視界いっぱいに広がるのは
 無数の炎揺らめくキャンドル。

 それぞれの魅惑的な香りを振りまき、
 個性を殺し合いながら 混じり濃度を増すアロマは
 眩暈がするほどに美しく 鼻腔を魅了する。


 酔い潰れたように 埃っぽい床に倒れ込んだ僕は
 微睡み そして深い眠りへ落ちていった。

 
 ――――ギィ。


  2022/11/19【キャンドル】

9/18/2022, 3:51:25 PM

 何にも代えがたい、この美しき夜景。

 眩(まばゆ)い光は くすんだ星空すらも照らし
 限りなく深い闇に唯一無二の存在感を誇っている。


 僕は幼い頃 この夜景に一目惚れした。

 父さんや周りの大人たちは
 そんな僕を「無神経で非常識だ」と叱った。


 「あれは我々にとって、負の遺産なんだよ」
 「どんどん環境も治安も悪くなっているらしいし」
 
 どんなに僕を叱ったって、諭そうとしたって
 長年抱いてきた憧れが そう簡単に消えることはない。


 美しいことに変わりはないんだ。
 それにどんな代償が払われていたとしても。


 今夜も僕は宇宙(そら)を見上げて青い球体を探す。

 ……見つけた、やっぱり綺麗だな。

  ――地球。



  2022/09/19【夜景】

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