――ギィ。
ひどく甘美な香りに誘われて
寝ぼけ眼を擦りながら木製の苔むした扉を開いた。
“決して真夜中に魔女の森へ足を踏み入れてはならない”
“命知らずな者さえ恐れおののく魔境の地”
そんな古くから伝わる村の禁忌を破り、
森を散策していた僕は 濃霧に惑わされここまで来た。
暗赤色に鈍く光る月に照らされながら
鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けて見つけた一軒の小屋。
建物を目視すると同時に 僕の意識を奪ったのは
泥臭い森に似つかわしくない、甘い甘い香り。
ギィ、と大きく木が軋む音をたてながら
おそるおそる 小虫が這う苔むした扉を開けた。
扉の向こう側 僕の視界いっぱいに広がるのは
無数の炎揺らめくキャンドル。
それぞれの魅惑的な香りを振りまき、
個性を殺し合いながら 混じり濃度を増すアロマは
眩暈がするほどに美しく 鼻腔を魅了する。
酔い潰れたように 埃っぽい床に倒れ込んだ僕は
微睡み そして深い眠りへ落ちていった。
――――ギィ。
2022/11/19【キャンドル】
11/19/2022, 3:52:29 PM