今日という日にはやはり
あの日の話をしなければならないと思うのですけれど
僕は当時はまだ七つか八つで
それもテレビで見ていただけでしたから
何だか大変なことが起こったとは思いつつも
それがどれほどかということがあまりわかっていませんでした。
この頃はようやくこの日付も日常に馴染んできた気がしますが
これを復興の証ととるか記憶の風化ととるかは
やはり当事者か否かで大きく変わってくるのだろうと思います。
さて、暗い話をするつもりもないので
好きな音楽というか、曲の話を少しさせてください。
キミナシビジョンという曲があります。
これはあの日、大切な人を失った恐らく思春期の青年の曲なのですが
この曲の歌詞の一節が好きなのです。
明日の天気予報は晴れのち大雨です
僕は外に出ませんので関係ないですけど
今から君に会いに眠りにつきますから
あの雲と雲の隙間だけは開けておいて下さい
奇遇にも今日は雨でしたから
ちょうどこの青年のことを思い浮かべたという具合であります。
夕方の天気予報では
明日は春の陽気ということで
今晩にも雲は晴れるやもしれません。
もしその雲の隙間から星が覗くなら
それはきっと「君」に違いないでしょう。
亡くなった人はみんな、お星さまになるんだよ、と
僕らはそう教わりましたから。
(星)
鴨川沿いを歩いて下る。
日は暮れ泥んで、
日陰は、その領域を拡げていく。
修道院やら幼稚園やらの影が
河川敷を呑み込んでいって、
やがてその影は
病棟やアパートの影と一体になっていく。
一刻ごとに拡がる日陰は、
まるでひとつのケモノのように、
しかして全く無機質に、
やがて川面の煌めきすらも呑み干していく。
そうして残されたわずかな日向にも
ついには日陰が染み出していって、
とうとうひとつの世界を成した。
ところで今宵は新月であって、
この世界で煌めくものは
今やもはや寒空に浮かぶ
寂しげな金星だけである。
しかしながら
この削ぎ落とされた世界に残った金星の
何と気高く美しいことか。
この夜という世界では
たったその金星の表だけが
唯一の日向なのだ。
あんな輝きが我が手にあれば、
あるいはその一片でも
我が人生が抱擁するというなら、
きっとそれを
幸せと呼ぶに違いない。
(日陰)
晴れた空の 高さに似合うような
そんな言葉を 探していた
貼り合わせた日々の 隙間を縫うように
微睡みが 零れ流れていく
そんな秋の夕暮れ。
この世界から君が消えて
ようやくそれも世界に馴染んできて
でもこの夕景に探してしまう
揺れるバスの窓には逆さまの僕だけ
橙に染まった鱗雲に
二重の虹がかかって
この世界の片隅は
無限の美に引き延ばされているらしい。
この虹の深さを、鮮やかさを、
君にどうやって伝えよう。
この空の高さを、清々しさを
どうやって呑み干せばいいのだろう。
こんな言葉を探しては埋めて、
いつまでも僕は綴るのだろうか。
やがて
秋の葉に誘われて
言の葉が朽ちるまで。
(秋晴れ)
朝、光が差した。
手を握りしめた。
生きている感覚がした。
秋の気配がする。
底冷えの朝六時。
まだ少し早いかな。
いや、起きてしまおう。
小さなテーブルに食パンを並べて
今朝の夢を
紅茶にとかして飲み込んだ。
かけたままの風鈴が
夏の記憶を悼んでいる。
八月のままのカレンダーを
ぼうっと遠目に見つめながら
今日という日を夢想した。
カーテンを透過した木漏れ日が
僕の右手を往復する。
やわらかな光が、あたたかい。
(やわらかな光)
高く高くあらねばならなかった
秋の青天井のように
ひたすらに高くあらねばならなかった
そうでなきゃばらばらになっちまうんだ
人生に必要なものは何か
金か、愛か、欲か、希望か
痛みか、悲しみか、憂いか、喜びか
翌る日も翌る日も考えた
星を眺めてはアスファルトを見つめ
雨の日は傘の中でひとり考えていた
冷えた秋の夜。
‥誇りだ。プライドだ。傲慢さと過信だ。
それが俺を繋ぎ止めているんだ。
俺は俺が嫌いだ
いや、俺は俺が嫌いだということにしている
そんな自分は好きじゃないが、
生きるのには傲慢さが必要だ。
俺は俺の遍歴を、仕事を、成果を、過去を、
この人生を尊敬している、いやしていることにしている
そしてその裏で
自尊心を蓄えて他人を見下している気がするし、
そうでない気も、単に権力志向なだけな気もするし、
ただ崇高な仕事人としてありたいとも思うし、
傲慢にもすでにそうである気もしているが、
たぶん、全部、思い込みだ。
全部、このプライドの高さが成せる、
上っ面の哲学もどきだ。
そしてこの頭に癖づいてしまった悪癖が
俺を俺たらしめている。
プライドは高く持たねばならぬ
俺は傲慢であり続けなければならぬ
ひたすらに高く
高くあらねばならぬ
この突き抜けるような青天井と宇宙との境界をも
突き破り去るほどに
高くあらねば
俺はひとつでいられない。
(高く高く)