インディウム

Open App
4/21/2025, 12:37:09 PM

 上腕二頭筋が痙攣する。



 この悲しみと怒りと、不安と、絶望と、苛立ちと、哀しみが混ざって、

 胸骨の下、横隔膜の上、心臓の表面あたりから競り上がってくるもの、

 感情になる前の何か、泣きたくなる何か、

 これがたぶん、きっと孤毒だ。



 泣きたい。



 泣いてしまえれば、流してしまえるのに。

 生温い、鈍色の、鉛のように重たい涙に、

 溶けて流れてくれるのに。



 毒を飲み込む。

 
                  (孤毒)

3/11/2025, 1:38:22 PM

今日という日にはやはり
あの日の話をしなければならないと思うのですけれど
僕は当時はまだ七つか八つで
それもテレビで見ていただけでしたから
何だか大変なことが起こったとは思いつつも
それがどれほどかということがあまりわかっていませんでした。

この頃はようやくこの日付も日常に馴染んできた気がしますが
これを復興の証ととるか記憶の風化ととるかは
やはり当事者か否かで大きく変わってくるのだろうと思います。

さて、暗い話をするつもりもないので
好きな音楽というか、曲の話を少しさせてください。

キミナシビジョンという曲があります。
これはあの日、大切な人を失った恐らく思春期の青年の曲なのですが
この曲の歌詞の一節が好きなのです。



明日の天気予報は晴れのち大雨です

僕は外に出ませんので関係ないですけど

今から君に会いに眠りにつきますから

あの雲と雲の隙間だけは開けておいて下さい



奇遇にも今日は雨でしたから
ちょうどこの青年のことを思い浮かべたという具合であります。

夕方の天気予報では
明日は春の陽気ということで
今晩にも雲は晴れるやもしれません。

もしその雲の隙間から星が覗くなら
それはきっと「君」に違いないでしょう。

亡くなった人はみんな、お星さまになるんだよ、と
僕らはそう教わりましたから。

(星)

1/29/2025, 1:29:09 PM

鴨川沿いを歩いて下る。


日は暮れ泥んで、

日陰は、その領域を拡げていく。


修道院やら幼稚園やらの影が

河川敷を呑み込んでいって、

やがてその影は

病棟やアパートの影と一体になっていく。


一刻ごとに拡がる日陰は、

まるでひとつのケモノのように、

しかして全く無機質に、

やがて川面の煌めきすらも呑み干していく。


そうして残されたわずかな日向にも

ついには日陰が染み出していって、

とうとうひとつの世界を成した。


ところで今宵は新月であって、

この世界で煌めくものは

今やもはや寒空に浮かぶ

寂しげな金星だけである。




しかしながら

この削ぎ落とされた世界に残った金星の

何と気高く美しいことか。


この夜という世界では

たったその金星の表だけが

唯一の日向なのだ。



あんな輝きが我が手にあれば、

あるいはその一片でも

我が人生が抱擁するというなら、

きっとそれを

幸せと呼ぶに違いない。


(日陰)

10/18/2024, 10:47:43 AM

晴れた空の 高さに似合うような
そんな言葉を 探していた

貼り合わせた日々の 隙間を縫うように
微睡みが 零れ流れていく


そんな秋の夕暮れ。


この世界から君が消えて
ようやくそれも世界に馴染んできて

でもこの夕景に探してしまう
揺れるバスの窓には逆さまの僕だけ

橙に染まった鱗雲に
二重の虹がかかって

この世界の片隅は
無限の美に引き延ばされているらしい。



この虹の深さを、鮮やかさを、
君にどうやって伝えよう。

この空の高さを、清々しさを
どうやって呑み干せばいいのだろう。

こんな言葉を探しては埋めて、
いつまでも僕は綴るのだろうか。

やがて
秋の葉に誘われて
言の葉が朽ちるまで。







(秋晴れ)

10/16/2024, 1:30:00 PM

朝、光が差した。
手を握りしめた。

生きている感覚がした。
秋の気配がする。

底冷えの朝六時。
まだ少し早いかな。


いや、起きてしまおう。


小さなテーブルに食パンを並べて
今朝の夢を
紅茶にとかして飲み込んだ。

かけたままの風鈴が
夏の記憶を悼んでいる。

八月のままのカレンダーを
ぼうっと遠目に見つめながら
今日という日を夢想した。

カーテンを透過した木漏れ日が
僕の右手を往復する。


やわらかな光が、あたたかい。


(やわらかな光)

Next