はす

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6/24/2025, 10:35:03 AM

空はこんなにも

ふとした瞬間、見上げた空の青さに驚くことがある。
私は、私たちは、俯いて手元の画面ばかりを見つめているけれど、ほんの少し顔を上げればこんなにも美しい世界が広がっている事をいつから忘れてしまったのだろう。

アルバムをめくる。
子供の頃の写真に映る空は何であんなに青いのか。
いつからこんな風になってしまった?変わりゆく瞬間なんて捉えられないのは、分かってはいるけど。

でも、一つだけ確かなことは。青い青い空の下、私は確かに幸せだったと。

6/17/2025, 2:56:06 PM

届かないのに

小さい手を大きく広げて、必死に上に飛び上がっては、落ちゆく太陽を掴もうとしている。
「取れる訳ないよ」
「とれるもん」
子供は笑ってそう言った。黒々とした目は、消えゆく太陽の微かな残り火をまだ映していた。その目を、その黒の中の橙を、何を思う事もなくただ私は眺めている。
その時、地平線の端に引っかかっていた太陽が、音もなくすっと落ちた。
あたりが暗くなる。闇に落ちる。私はそっと、安心する。なぜだろうか。日の落ちる瞬間だけ、ゆっくりと感じるのは。照らされるものが無くなるのに、安堵するのは。
その子供の手は、未だ落ちた太陽を掴もうと、瞳の様な空に目一杯伸ばされている。
「もう、沈んでしまったよ」
「ううん、まだ残ってるよ。見えないの?」
その目には、もうあの橙は残っていないのに、何故だかその奥に明るい何かが見える様な気もして。子供には見える。けれど私には……

黒いだけの地平線に、私も手を伸ばしてみた。やはり、指は何も掴むことはなく、ただ虚しく空を切った。


落日  川端康成の短編を参考に

6/11/2025, 4:17:04 AM

美しい

「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
 自分はただ待っていると答えた。すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。



初めて、文章を読んで美しい、と感じたのが、この『夢十夜』だった。今でも繰り返し読んでいるぐらい好き。上の文は特にお気に入りの言葉。初めて読んだ時、本当に自然と涙が出た。なんて綺麗な言葉なんだろうと。

5/28/2025, 6:02:05 AM

これで最後

「もう、おわりにしましょう?」
彼女はそう言った。海の見える窓辺に寄りかかって、静かに微笑みながら。
「そう、だね」
僕も曖昧に笑ったけれど、ちゃんと笑えたかは分からない。

不思議な港だった。客が来ると、同じ部屋に女も泊まる。まるで新婚旅行の如く、ひねもす一緒にいるのだった。この港で君に会って、滞在している間、まるで夫婦のように過ごした。僕はもう、遠くの街へ船へ乗って行かねばならない。
「もっと一緒にいたかったわ」
それが本心なのか、嘘なのか、まだ君は僕の奥さんであるのか、わからなかった。
「手紙を書くよ」
「いいえ、いらないわ」
「でも」
「いらないの」
いらない。彼女は二度、繰り返した。一つ目は強く、二つ目は弱々しく。
「この部屋を出るまでは、君は僕の奥さんかい」
「ええ」
「じゃあ、言っておくれ。最後の挨拶を、奥さんとして」
「ええ、……いってらっしゃい」
あなた。君の声は柔らかく部屋に響いた。

僕は君と会える日はもう来ないのだろうと、これで最後なのだろうと、船に揺られながらそう予感していた。海上から見える小さな旅館が、だんだんと薄くぼやけていくのをただ、静かに見ていた。





川端康成の短編を参考に。

5/25/2025, 10:43:10 AM

やさしい雨音

雨は嫌いだ。服は濡れるし、じめじめするし、湿気が多くて、どことなく気持ち悪い。それなのに、さっきまで晴れていた空には、どんよりとした雲が覆い被さって、あっという間に雨模様となってしまった。明日は出かけようか、と昨日君と話していたはずなのに、今は二人で窓際のテーブルに座って雨を眺めている。
「結構降ってるわねえ」
「何で降るかなあ。出かけたかったのに」
「いいじゃない、雨は好きよ私」
「なんで?」
君は僕の問いには答えず、ただ静かに外を見ていた。
「ほら、聞こえるでしょう」
「?」
「雨の音。ちゃんと聞くと、結構面白いのよ。地面がアスファルトだったら硬い音がするし、水辺だったら水が跳ねる音がする。トタン屋根だったら、すごくうるさい」
へえ、と相槌を打った。確かに、雨の音なんて気にしたこともなかった。
「ああ、でも傘に落ちる雨の音は好きだな。聞いてると楽しくなる」
「ええ」
「あと、雨の匂いも好きだ。独特な匂いだけど」
考えてみると、雨も意外と悪くないな、なんて。
君は嬉しそうな顔で、笑っていた。
「嫌って思うより、好きだな、って思うことを見つけた方が、きっと楽よ」
うん、と頷いて、窓の外を眺めた。庭は土の地面で、三本の木と、いくつか低木も植えている。
耳を澄ますと、天から降り注ぐ水が地面に染み込んでいく様な、やさしい雨音がした。

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