はす

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届かないのに

小さい手を大きく広げて、必死に上に飛び上がっては、落ちゆく太陽を掴もうとしている。
「取れる訳ないよ」
「とれるもん」
子供は笑ってそう言った。黒々とした目は、消えゆく太陽の微かな残り火をまだ映していた。その目を、その黒の中の橙を、何を思う事もなくただ私は眺めている。
その時、地平線の端に引っかかっていた太陽が、音もなくすっと落ちた。
あたりが暗くなる。闇に落ちる。私はそっと、安心する。なぜだろうか。日の落ちる瞬間だけ、ゆっくりと感じるのは。照らされるものが無くなるのに、安堵するのは。
その子供の手は、未だ落ちた太陽を掴もうと、瞳の様な空に目一杯伸ばされている。
「もう、沈んでしまったよ」
「ううん、まだ残ってるよ。見えないの?」
その目には、もうあの橙は残っていないのに、何故だかその奥に明るい何かが見える様な気もして。子供には見える。けれど私には……

黒いだけの地平線に、私も手を伸ばしてみた。やはり、指は何も掴むことはなく、ただ虚しく空を切った。


落日  川端康成の短編を参考に

6/17/2025, 2:56:06 PM