これで最後
「もう、おわりにしましょう?」
彼女はそう言った。海の見える窓辺に寄りかかって、静かに微笑みながら。
「そう、だね」
僕も曖昧に笑ったけれど、ちゃんと笑えたかは分からない。
不思議な港だった。客が来ると、同じ部屋に女も泊まる。まるで新婚旅行の如く、ひねもす一緒にいるのだった。この港で君に会って、滞在している間、まるで夫婦のように過ごした。僕はもう、遠くの街へ船へ乗って行かねばならない。
「もっと一緒にいたかったわ」
それが本心なのか、嘘なのか、まだ君は僕の奥さんであるのか、わからなかった。
「手紙を書くよ」
「いいえ、いらないわ」
「でも」
「いらないの」
いらない。彼女は二度、繰り返した。一つ目は強く、二つ目は弱々しく。
「この部屋を出るまでは、君は僕の奥さんかい」
「ええ」
「じゃあ、言っておくれ。最後の挨拶を、奥さんとして」
「ええ、……いってらっしゃい」
あなた。君の声は柔らかく部屋に響いた。
僕は君と会える日はもう来ないのだろうと、これで最後なのだろうと、船に揺られながらそう予感していた。海上から見える小さな旅館が、だんだんと薄くぼやけていくのをただ、静かに見ていた。
港
川端康成の短編を参考に。
5/28/2025, 6:02:05 AM