ささやいた。
またたいた。
今日もこころの声に背を向ける。
「…すきだよ」
嘘を塗り重ねた今夜。
ささやき #212
やめて、くれ。
もうやめてくれ。
何気なく発されたであろう言葉が私を未だに縛って解けてくれない。
うるさい、わかってる。
脳でずっとリフレインする。
そのうち自分で自分を苦しめている。
やめようとしてもできない。
私が私を呪う。
こういう生き方しか知らない。縛り付ける生き方しか。
適度に手を抜くなんてできるほど器用じゃなかった。
息が苦しくないと息をしている実感が湧かない。
遠くの声が私を呪って止まない。
遠くの声
最初はひとひらだった。
いつの間にこんなに俺の世界を染め上げるまで積もらせていたのだろう。
「わぁ、道路まで桜色だね!」
ほぼ散りかけの桜の木の下、彼ははしゃいだように声を上げた。
この桜みたいに淡くて綺麗な色だったらよかった。
この桜みたいにいつかは完全に散る仕組みになっていらばよかった。
生憎そんな都合よく俺が見える世界は回っていない。
ふと目についたのは道路脇で溜まって醜くなってしまった桜の花びら。
例えるならきっとこれだ。
ひとひら #211
がらんとした、どこか疎外感に包まれた夕暮れの部屋の真ん中で初めて知る。
ああ、いないんだ、と。
床に落ちていた写真立て。
乱雑に置かれた俺の部屋の合鍵。
夕陽に染まる銀の指輪。
それくらいしか元の部屋の状態と変わらない。
なのに、なのに、あいつが来る前と去った後では全然ちがう気がした。
ああ、いつの間にあいつが俺の中の当たり前の風景と化していたのだろう。
払っても纏わりついてくるじめついた空気が鬱陶しい。
風景 #210
「…創兄さん、向こうでも元気かな」
ソファの隅っこに三角座りで、優が呟いた。
ちらりと見やると、優は心配そうに淋しそうに床に視線を落としていた。
「…さぁ?あいつ片付ける能力だけ抜け落ちてるから、すぐゴミ屋敷できあがってそうではある」
社会人となり一人暮らしを始めた兄貴にふたり、思いを馳せる。
俺らを残していくことを渋っていた兄貴の背中を押したのは、俺と優。
俺と優に、兄貴に持ってはいけない感情を抱いている、という共通点ができて、それを自然とお互いに感じ取ったのは、ずっと昔のことだ。
「…やっぱりさみしい」
この空間にはふたり。
だからこそ、優は震えるような吐息混じりの一人言をこの静かな空間に落としたのだろう。続くように息を吐いた。
「…でもまぁ、俺はちょっと安心してる」
「……それは、僕もわかるけど」
「わかるんだ」
そりゃ、ね…と歯切れの悪く膝をきゅっと抱えた優に、ふ、と目を細める。
兄貴がいる生活は大変だった。
家事とかは得意だからそういう物理的な面じゃなくて、感情をひた隠しにしてそれでいて自然体でいなきゃいけない面。
だから兄貴の一人暮らしを後押しした部分もある。
その分空いた心の穴はよく目立った。
「…啓兄さんはここにいるよね」
「まぁよっぽどのことがない限りな。…優こそどうなの」
「僕はここにいるよ。…啓兄さんまでいなくなっちゃったらもうわかんなくなっちゃう」
それは俺も、と返した。
小さい頃から理解者はお互いのみ。
だからこそ気づき上げられたこの関係は知らず知らずのうちに歪みを増していく。
元気かな 啓→創 優→創 #209
(恋愛感情がなくてもどの世界線でも創はブラコンだと思ってます)