「おやすみ、啓兄さん」
「おー」
閉め切った冷たいドアを背に、部屋から聞こえてくるふたりの会話に、はは、と乾いた笑いが口をついた。
優の安心しきった声色と、啓の甘くなった声色。布団が擦れる音。
きっといつものようにふたりで手を繋いで眠るんだろう。
この場にいる自分から遠目に見える自分の部屋の明かりのせいで疎外感が増しているような気がした。
世界から拒絶され、自分の居場所が見つからない、自分が惨めになっていくだけのような、そんな疎外感。
「…ずっと一緒だって、約束したじゃん、啓…」
きっと啓は忘れているであろう遠い遠い記憶の約束が口から零れて、それは震える吐息に混じって深夜の冷たい空気に溶けていった。
遠い約束 創啓 啓優 #208
(創視点です)
ねえ、消えてよ。
僕の記憶からいなくなってよ。
そう思うのに、ドライフラワーを
捨てようとする手はいつも震えるんだ。
なんで、なんで、
形に残るものを残したのさ。
こんなの残すから、
僕はずっとあの日々に囚われたまま
枯れてしまった毎日を繰り返すんだ。
フラワー #207
人は不器用だからひとつの地図を見ながらでしか歩いていくことはできない。
歩いてるうちにどんどん新しい地図になっていって、古い地図は背中のリュクに詰めてみたり。
「…ふふ、」
「え、なに。急に嬉しそうにしてどしたの」
「いや? 当たり前のように新しい地図もふたりで共有するんだなって思って」
新しい地図 #206
「お花見?」
「うん、桜咲いてるって言ってたから」
いこ、と手を引いた友人に引かれるまま家を出た。
久しぶりに歩く外の空気は冷たくて生暖かくて、半ば後悔しながら歩く。
これは帰ったらお風呂入らなきゃだな、と春特有の花粉に小さくくしゃみする。
「ここだよ。…あれ、結構散ってるね」
友人が足を止めたのは川沿いの桜並木。
言われるまま桜を見上げれば、そこにあったのは散りかけの桜たち。
「もうちょっと早く来てればよかった。どうせなら満開のときに見たかったな」
残念そうに呟く友人に、「そう?」と返す。
一人言が拾われると思っていなかったのか、友人はばっとこっちを見た。どこか表情が明るいのは気の所為だろうか。
「散りかけの桜のほうが好きかも。なんか変わりゆくもの感があっていい」
「はへー…」
分かっていなさそうな返事が返って来る。
まぁいい。伝えようともしていない。
さあっと風が桜の花びらをさらっていって、そのどこか儚い雰囲気に感傷的になる。
友人がそっと問うてきた。
「…もしかしてなつめって、全部にいみがないと思ってる節ある…?」
突然問われて、少し考えてから口を開く。
「あるかも。人間もいずれは死んじゃうんだからどうやって生きたって結局無に帰すんだよなってたまに思う」
こんな話ができるのは相手がこいつだからで、こいつじゃなかったこんなにも簡単に自分の内面を曝け出すようなことは言っていないだろう。
「…なんで俺らって生きてるんだろうな」
そっと言葉を桜に乗せるように呟く。
その途端桜が風に拐われていったから、友人の耳に届いたかは分からない。
でも友人が「行かないで」と言わんばかりに、握る手の力をきゅっと込めたのは気の所為ではないだろう。
桜 #205
「きみとなら…どこでもいいよ!」
「…じゃあ、いこっか」
「うん!」
最期に映ったのは、きみのえがお。
君と #204
(最近様々な界隈に手を出しては二次創作を書き殴っていました。初めてあんな文字数、短期間で書いた気がする)