しずく

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「お花見?」
「うん、桜咲いてるって言ってたから」
 いこ、と手を引いた友人に引かれるまま家を出た。
 久しぶりに歩く外の空気は冷たくて生暖かくて、半ば後悔しながら歩く。
 これは帰ったらお風呂入らなきゃだな、と春特有の花粉に小さくくしゃみする。
「ここだよ。…あれ、結構散ってるね」
 友人が足を止めたのは川沿いの桜並木。
 言われるまま桜を見上げれば、そこにあったのは散りかけの桜たち。
「もうちょっと早く来てればよかった。どうせなら満開のときに見たかったな」
 残念そうに呟く友人に、「そう?」と返す。
 一人言が拾われると思っていなかったのか、友人はばっとこっちを見た。どこか表情が明るいのは気の所為だろうか。
「散りかけの桜のほうが好きかも。なんか変わりゆくもの感があっていい」
「はへー…」
 分かっていなさそうな返事が返って来る。
 まぁいい。伝えようともしていない。
 さあっと風が桜の花びらをさらっていって、そのどこか儚い雰囲気に感傷的になる。
 友人がそっと問うてきた。
「…もしかしてなつめって、全部にいみがないと思ってる節ある…?」
 突然問われて、少し考えてから口を開く。
「あるかも。人間もいずれは死んじゃうんだからどうやって生きたって結局無に帰すんだよなってたまに思う」
 こんな話ができるのは相手がこいつだからで、こいつじゃなかったこんなにも簡単に自分の内面を曝け出すようなことは言っていないだろう。
「…なんで俺らって生きてるんだろうな」
 そっと言葉を桜に乗せるように呟く。
 その途端桜が風に拐われていったから、友人の耳に届いたかは分からない。
 でも友人が「行かないで」と言わんばかりに、握る手の力をきゅっと込めたのは気の所為ではないだろう。


桜 #205

4/4/2025, 2:06:10 PM