いつからだろう。
世界がモノクロに見えるようになったのは。
「えぇ〜、忘れちゃったなぁ。気づいたら、あれ世界ってこんなに味気ないものだっけ〜って感じでさ」
あはは〜、と笑ってみせる。
隣の彼をちらりと盗み見るもその重い前髪の下は分からない。
「だから虹もちょっと分かんないんだ。せっかく教えてくれたのに、ごめんね」
今さっきのことだった。
俺にとっての世界は白と黒で構成されているのだと知られたのは。
虹が出たって知らせてくれた彼に普通を装って歓声を上げてみるもやっぱり胸の痛みは無視できなくて、普通を振る舞うことを貫き通せなかった。
きみなら信じてくれるんだろう。根拠のない自信。
だんだんと空気が重くなっていって焦る。どうしよう、やっぱりこんな空気になっちゃった。早く次の話題に____、
癖でこの話題をさっさと流そうとした、そんなとき。
「一番上はちょっと怒った奈緒が笑いかけてくるような淡くて儚い赤色。その下は奈緒が喜んでて愛おしいようなそんなはっきりしてて儚い黄色。で、一番下が淋しい苦しいって感情をそのまま飲み込んじゃうときの奈緒みたいな触れさせてくれないけど確かな青色」
雨上がりだからか、空気が澄んでいた。
最初はどういう例えだ、とか半ば呆れていたのだけれど、ぶわっと風に煽られた一瞬。ほんとに一瞬だけ。
世界に色が落とされた。
吸い込まれるように口を開く。
「三色なの?虹って七色じゃない?」
「…ああ、それ国によって違うらしいよ。だから見え方なんて色々あって、どれが正しいとかないんだって。俺の場合は三色にしか見えなかっただけ」
何気なく放ったであろうその言葉に、なぜか急に視界がクリアになる気がした。
「ふ、あははっ。何その例え、ちょっと怖いんですけど」
「え、分かりやすいかなって」
「ふふっ、えー、それでそんな例えになるー?ふ、あははっ」
憂鬱だったはずの灰色の虹がかかる帰り道は、どうしてかさっきよりも足取りが軽かった。
七色 #200
「ただいま〜…あれ、啓じゃん。どしたん」
創がリビングに入ると、ソファで寝転んでスマホをいじっている啓がいた。
啓はこちらをちらりと見上げると、何事もなかったかのようにスマホの画面に戻っていく。
…なんだ?いつもの覇気はどこいった?
「けーい。こっち向いて」
啓の横にしゃがんで目線を合わせてみる。ふい、と音もなく向こう向いた。可愛くない奴め。
「ふーん…じゃあこっちにも考えがあるけど」
「は、うわ、ちょ馬鹿兄貴、」
啓ひとりぶんの重さなんてなんのその。
ひょいと啓を持ち上げて、俺が座ってからひざの上に下ろす。
暴れないでよ、さすがにひざ砕ける。そう言ったら、砕けろ、と即答されました。
「…兄貴さぁ、急に兄貴面すんのなんなの」
「そりゃ兄ですから。兄貴面くらいしますよ」
「…そーですか」
ふい、と視線を逸らしてくる啓はどこまでも可愛くない。
…その、赤くなった耳を隠しきれていたら、ね。
「啓さん。何があったの」
「…別に。あったとしても兄貴にだけは教えない」
「えー」
「…、」
「……え、」
ちらっとこっちをみたと思ったら、ぽす、と埋まってきた。
さすがに予想外すぎてとっさに反応できない。
「…えー、今日甘えたデー?…よしよし」
さらさらの髪に指を通して、頭を撫でてみる。
気に入ったらしく、これといって抵抗はなかった。
…あー…今日の雲り予報大当たりだよ、優。
「ちなみに何があったのかくらい教えてくれてもよくない?」
「…だから無理」
「えー…だからなんで…もしかして俺関連?」
「……ちげえし」
「え、ごめん。俺何した…?まじでごめん」
「…だからちげえって!!この馬鹿兄貴!」
雲り 創啓 #199
(この漢字でのくもりは気持ちが沈んでるときのことも表すらしいね。沈んでるときの啓兄かわいすぎんか。
ちなみにこれらは世界線別のつもりで書いてます)
それは眠れない夜のこと。
「…あれ、優?」
後ろから声をかけられて、ビクッと肩が跳ねる。
と、同時に持っていたコップを落としそうになって慌てて持ち直した。このコップは兄さん達とお揃いのコップ。落とさなかったという事実に酷く安心する。
振り向くとそこには啓兄さんがいた。
「啓兄さんか…吃驚した…」
「驚かせてわりぃ。…今日も寝れない?」
「…うん…」
近くに寄ってきてくれた啓兄さんに心が落ち着いて、コップの水にゆらゆらと映る自分に視線を落とす。
時計の針はとっくに12を過ぎてしまっていた。
「あの…今日も啓兄さんの部屋で寝ていい…?」
自分のコップを取って、水を注ぐ啓兄さんが小さく息をつく。
「いいよ。てか寝れないなら俺か創の部屋来いって言ってる」
「め、迷惑だったり…」
「しないから。好きな時に来て勝手に寝ていいよ」
その夜は啓兄さんと手を繋いで眠った。
一人だとなかなか寝付けないのに、手を繋いでいると安心してすぐに寝れちゃうのが不思議だ。
「ねえ、啓。優部屋にいないんだけど…もしかしてまた啓と?」
「うるさい馬鹿兄貴。今優が寝たとこなんだよ。出てけ」
「…また先越されたし」
手を繋いで 啓優 #198
(だめだ…やはり兄弟ものが好きすぎる。
ちなみに、創[そう]が長男、啓[けい]が次男、優[ゆう]が三男です)
「…兄さん?」
酷く魘されていたような気がする。
暗い微睡みからむくりと顔を出したその先で、気づいたひとりぼっち。
「にいさん…」
震えるような吐息がひとりぼっちの暗闇にはよく響く。
ぼんやりと熱くて重い頭を起こすと、枕元には体温計とスポーツドリンクが置いてあった。
「にいさん…どこ?」
のそのそと布団を這い出て、ぺたりと素足を地面に着ける。妙な冷たさが気持ちよかった。
起きたら兄さんがいないというショックに、熱があるということも相まって、視界が滲む。
ぺたぺたと覚束ない足取りで部屋を出て、身体は兄さんだけを求めていた。
「にいさ…にいさん…」
どこ、どこにいるの…?
どうしようもない不安感と捨てられたのかもしれないと変な方向に曲がってしまう絶望。
一階に降りて、リビングに繋がるドアを開けたところで、ドアの向こうにいた兄さんと目が合う。何か考える前に身体が兄さんに抱きついていた。
「っ、にいさっ…」
「わ、優。まだ起きてきちゃだめだよ。ほらお部屋戻ろ?」
「や、だ…っ。なんで、なんで…、兄さん部屋にいるって、言った…っ」
「ごめんごめんね。何か食べれそうなもの作ってたんだよ、ほら。優、卵がゆ好きでしょ?」
「…たまごがゆ」
「うん。今お部屋行こうとしてたんだ」
ちらっと兄さんの手元に視線を下げると、木のお盆の上の卵がゆとすりおろしたりんごが目に入る。
「…でも、ずっと部屋いるって言った。どこも行かないって言った」
嬉しいはずなのに、なんだか癪でふいと横を向く。
「あはは、ごめんね。熱出した優、新鮮でいいなぁ。ほら、お部屋戻ろ?」
そっと手を引かれて、素直に小さく頷いた。
「熱がある優、かわいかったなぁ」
「…え、…僕、またなにかやらかした…?」
「ふふ、んーん? 優は熱出すと記憶なくなっちゃうもんね」
どこ? #197
(ずっと頭の隅にいる三兄弟の二次創作 創優)
「ねぇ…大好きだよ?」
緩く弧を描いた妖艶な唇。
背景には、窓から覗く十六夜の朧月がよく似合っている。
「…きみは? ボクのことすき?」
かなしいひとがまた一人、溺れていく。
その視線に射抜かれたら最初で最後だ。
大好き #196