しずく

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8/13/2024, 1:31:07 PM

泣けなかった。笑えなかった。
今日も俺は鏡を壊す。自分を壊す。

エイソプトロフォビア。言い換えると、鏡恐怖症。俺がなった原因は分からない。
たぶん募りに募っていた苛々のせいだ。

鏡を壊しても病気だから仕方ない、と。
無条件で鏡を壊していい世界は俺にとって素晴らしいものだった。

パリンッ

心地よい音と共にぴりっとガラスが刺さった快感が走る。
それと同時に俺のなかでなにか壊れていく。

もっともっと。
もっと壊れていけ。

最初から狂っていたのは、俺のほうか。
        はたまた、世界のほうか。

きっと誰もが心の奥底で眠らせている。
世界の綻びは今日も広がるばかりだ。



─心の健康─ #32

8/12/2024, 11:08:00 AM

「あと、どのくらい弾けるかわからない」
 嘲笑とともに吐き出す。
「あと、どれくらいきみに逢えるかわからないんだっ」
 声を上げて泣いた俺に、ピアノの少女はそっと微笑んで音を弾けさせていく。
 大丈夫だよ、とでも言われている気分だった。
 ピアノを弾いているとき彼女はいつも不思議と隣にやってきていつの間にか一緒に弾いているのだ。
 きみの奏でる音楽は繊細で透き通ってて清涼感のある夏を連想させた。
 もうぜんぶぜんぶ忘れて今だけはこの時間に浸っていよう。この命が尽きるまで、きみと。



─君の奏でる音楽─ #31

8/11/2024, 10:54:59 AM

夏はきらいだ。
どうしたってあの夏のことを、麦わらの彼女のことを、思い出してしまうから。

事故だった。
公園に行く予定だった彼女は、行く途中で赤信号の歩道に飛び出してしまった。

だから麦わら帽子を見ると苦しくなる。
俺がしっかりしていればと何度も悔やんだ。
夏は罪悪感で潰されそうになる。

…ああ、なんであの夏きちんと前を見ていなかったんだろう。
きちんと周りを見ていたら、あの子をはねることもなかったのに。
俺が滅多に運転をしない理由はこんなとこだ。



─麦わら帽子─ #30

8/10/2024, 11:29:15 AM

 始まりがあるからには終わりがある。
「頭では、理解してたんだよ」
 そう唇を震わせたきみの手をとって、きみが安心するような言葉を投げ掛けたかった。
 涙が零れそうな目元を拭って、笑いかけてみかった。
「…ごめん」
 力なく放った言葉は酷く頼りなくて震えていた。
 人の生は遅かれ早かれ終点というものにつくのだ。それは俺だって理解している。
 俺はただ単にその道のりが短かっただけ。
「なんで、なんで」
 ごめん。どうしたって自分じゃ止められない。
「生きてるじゃん、生きてるでしょ。なんでなんで死ななきゃいけないの…っ」
 ごめん。
 たぶんきみは僕に謝ってほしいわけじゃないんだろうけど、今はそれしか言えなさそうだ。

「自ら終点をつくらなくたっていいじゃん…っ」

 ごめん。
 ふ、と笑ってみせて、腕が掴まれる力が怯んだところで、俺は無事に暗い海に体を沈ませた。



─終点─  #29

8/9/2024, 10:39:04 AM

たぶん、人の性格というのは生れ育った境遇で固まっていくのだと思う。

だから今更、外から「上手くいかなくたっていい」なんて言われても、

それができたら、こんな生き方してないじゃんね。

だから、「上手くいかなくたっていい」なんて頭で思うことはできても、こころのどこかではその言葉が白々しく思えてしまうのだ。


─上手くいかなくたっていい─ #28

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