あるまじろまんじろう

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2/7/2024, 11:18:58 AM

〔容疑者Aの聴取〕

 彼女は誰かに怨みをかうような人じゃありません!親切で可愛らしくて、いつだって人の和の中心にいる。そんな人でした。転校したばかりの時、友達が居なかった僕に良くしてくれたのも彼女なんです!そんなだから彼女を……好きになる人は、沢山いましたし。僕だって……。けれど同じくらい女の子の友達もいました。謙虚な人でしたから。
 だからまさか、アイツが彼女を……刺すなんて。あんなに仲良くしてたのに!本当に悔しい。悔しいです。
 ……あの、刑事さん。彼女は刺されたことで亡くなったんですか……?毒も盛られてたんですよね?ええ、どうしても気になって。彼女の死因はどっちなんですか。

〔容疑者Bの聴取〕
 
 ああ、あの子ね。クソ女だったわよ。面だけは良いから皆騙されちゃって。最悪。まあでも、女からは嫌われてたわ。あ~ほら、転校生くん。イケメンだったから、あの子転校生くんの前じゃ良い子面すんの。そーいう子なんだよ。裏でえっぐい虐めしてたの、男子たちは知らないンだろうな。虐められてた子が可哀想で仕方ないよ。
 毒を盛った犯人?心当たりなんか、あのクソ女恨んでるやつ多すぎて分かんなわよ、ぎゃはは!まじウケる!はあー清々した。

〔容疑者Cの聴取〕

 はい、わた、私は虐められてました。……あ!アイツだけじゃない!み、皆して私を、虐めた!……虐めて!ました、……同窓会で、わた、私。同窓会、行ったんです。もしアイツら後悔して、してたら、す、さ、されたことは許せないけど、割りきって前を向ける気がして。で、でもアイツら、忘れてた!わた!私にしたこと、忘れて普通に、あい、挨拶してきたんです。……ああ、でも。アイツだけは覚えてて、謝ってきたんです。
 はい。だから刺しました。割りきるなんて無理だったんです。謝るくらいなら最初からするなってどんどん憎くなって。忘れた方も同じくらい憎いですけどね。

〔ある刑事の独白〕

 現場は東京のはずれにあるイベント会場の一室だった。女性が刺されたと通報が入った。事件当時、会場では同窓会が開かれていた。
 捕まったのは同窓会に集まった同級生三名。被害者の食べ物に毒を盛った男女二人と被害者を刺した一人だ。三名とも単独犯だった。


どこにも書けないこと

2/7/2024, 7:02:57 AM

「ならばいっそ、殺してあげましょうか」
 冗談のつもりで言ったのに蓬があんまり嬉しそうに笑うから、もう一ヶ月も「嘘だ」と言えずにいる。



時計の針

12/29/2023, 12:23:43 PM

 恋人がゾンビになって帰ってきた。

 ――無機質な機械音が、残酷なほどに静まり返ったワンルームに響く。誰かがインターフォンを鳴らしたのだ。一呼吸置いて、そう理解した。
 物が散乱した部屋の中央、ソファーに俺は座っていた。玄関の方へ視線をやると、シンクに放置された食器の中、ひとつだけ綺麗なままのコップが視界に入って、投げやりに半分残った酒瓶を放った。お揃いで買ったコップだった。みかんのような色が気に入ったと、あの子が選んだものだった。冷たい床の上、裸足のまま玄関まで歩いて、無防備に鍵を開ける。侵入を防ぐ為に移動させていた、二人用の靴箱をどかして、チェーンを外した。
 ゾンビパンデミックが発生してから、もう数日。緊急事態宣言と外出禁止令を発表して総理大臣は死んだ。荒っぽい機械音のするラジオがそれを教えてくれた。良いニュースはない。収束の兆しもない。
 ……気が可笑しくなっているのかもしれない。あるいは、馬鹿みたいに飲んだ酒がまわったのか。じゃなきゃ、玄関扉を開けるなんて、馬鹿なことしない。
 ドアノブに指をかけると、ゆっくり力をこめて俺は、扉を開く。
 途端、鬱屈とした室内へ飛び込んでくる光に、目を開けていられなかった。どうやら、外は昼だったらしい。カーテンをきつく閉めて引きこもっていたから、日光を浴びたのは久しぶりだ。何かそれが、とても素敵なことのように思えて、口元が緩まる。乾いた笑いさえ漏れて、この愉快な気分に、いつまでも溺れていたいと無意識に願った。
 何度か瞬きを繰り返すと、次第に目が慣れてきた。
 視界に、入り込む。それが、インターフォンを鳴らした、何者かの足先だと唐突に理解した。鼻腔を、強烈な匂いが支配する。死臭だ。
 現実に引き戻される。酔いが一気に冷めて、しかし、咄嗟に体は動かない。何も素敵じゃない。愉快でもない。外の世界は、背後に広がる一人っきりのワンルームよりも、侘しく恐ろしいというのに。
 緊張で酷く乾燥して、痛みさえ感じる喉が、飲み込んだ唾液で微かに潤う。気持ち悪く滲む汗ごと拳を握って、勢いよく視界に入れた何者かは、他でもない、――ミカだった。
 ミカ。恋人だ。パンデミックが起こる少し前の、平和な日常で突然、行方不明になった恋人。
 肩先にかかる赤茶けた髪が柔らかく、風に吹かれて太陽のように広がった。健康的に肉付いたしなやかな体躯を覆う、彼女のお気に入りだったスウェットと、少女らしさの残る顔立ちはそのまま居なくなった日と同じで、思考が回らないまま衝動的に動いた体はミカを抱き締めていた。小柄な身体はすっぽり俺の腕に収まる。腕をまわせば感じる、緩いスウェットに隠された病的なまでに痩けた身体と、ふわりと強まる臭いに、鼻がつんと張る。いつか、ラジオで聞いた。ウイルスによって動く死体が、ゾンビの正体らしい。
「ミカ」
 名前を呼んだ。声は震えていた。
 なに。
 呼び掛ければ眉を緩めて、嬉しそうに首をかしげてミカは、いつもそう言うのだ。
 おとなしく抱き締められるミカから返事はなかった。
 涙が零れる。鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして、離すまいと回した腕に力をこめて、嗚咽にまじえて名前を呼びながら、わんわん泣いた。マンションの廊下で、危険だなんて気にせずに、子供みたいに。顔を埋めると額に触れたミカの首筋、体温は感じられない。些細なことでも一喜一憂して、賑やかな表情を見せてくれるミカの、感情を削ぎ落としたような無表情が辛かった。
 虚ろで、しかし、しっかり俺をとらえている瞳に真意は感じられない。恋人がゾンビになって帰ってきた。ミカは、俺を噛まなかった。





みかん

11/14/2023, 1:05:50 PM

 銃声が一つ、廃墟に響いた。
 じめっとしていて埃っぽい、煤けた地面が近づく。頬に感じる地面に薄ら積もった砂利の質感と、満足に力を入れられない身体が、取り返しのつかない傷を負ったのだと訴えていた。急所から狙って一発。無駄のない、一瞬。あと数分ほどだけ、自分は死に損なうのだろう。
 冷たい風がふいた。



秋風

10/9/2023, 10:05:52 AM

 深夜、台所で水を火にかけ、即席ラーメンの封をきった。麺を皿にうつし、湯が沸く様をぼんやりながめながら、ふと、卵をいれようと思いたち、小型の冷蔵庫を開いた。薄暗い台所が、冷蔵庫の温白色で照らされる。生卵を一つ取り出して、麺の中心、丸くくぼんで、受け入れる準備ができたそこに割り落とす。ぼこぼこ、と、湯が沸いたことを知らせる音に気付き、火をとめた。薄暗い、静寂が響く台所に、男は一人、たち呆けていた。



ココロオドル

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