何かの拍子に頭をもたげると、よそからの心を拒絶していた胸に、花弁がはりついたようなささやかなぬくもりが湧く。俺にとって何かは0.02㎜の箱だった。震えたね。彼女の買い物かごにそれを見つけたとき、恋という曲者の魔力を切実に自覚したのだった。
無色の世界
右側の腕を食べる。
中華包丁を選んだ。袖を肩まで捲れば露見する、肘の少し上。そこ目掛けて妹が包丁を振り下ろしたが、四半分食い込んだところで刃はとまってしまった。非力な妹ではどうも骨が砕けない。
しょうがないので、家に斧やらはなかったかと海馬の中を泳いでみる。深呼吸の間包丁をぎこぎこしてみていた妹が、思い付いたように退室したと思えば、やがて戻ってくるとその右手に鋼のスコップを握っていた。
無理繰り切断するのか、脳ミソが筋肉なのか。
笑うと、つられて破顔した妹は、四半分食い込んだままの包丁目掛けて今度はスコップを振り下ろす。
包丁はさらに深く腕を進んだ。
幸せに
落雷が人間を直撃する確率は百万分の一だそうだ。
どれくらい前に見聞きしたのかてんで記憶していない。俺の中で、日常の雑談として消費されたはずの雑学は、平素の中できみが何気なく話頭においたことで思い出した。
喋ることが好きなきみだ。
自席が前後の俺たちはよくお喋りをした。先の話題に俺はこたえる。今度は俺からなにか言って、次にきみが喋って。ふざけては笑って、笑っては喋って、答えては話して。
それでもって日が暮れて、部活をして、帰って飯を食って、湯船に浸かって、そのとき初めて、どうしてあの子を前にすると思うように返事を返せないのか思いあぐねた。
海馬に大切にしまって置けないほどの思い出を過ごしたのに、言いたい思いも聞きたい言葉も、今日に至るまで二人が交わした言葉の中に存在しない。つぐんだ口から胸に落ちて、嵐みたいに暴れていた。
春のその最中。俺の胸の、心臓がある片側の、ちりほども違わずにど真ん中を百万分の一の衝撃で撃ち抜いたきみはまるで、春の雷であった。
何気ないふり
空は刻々と迫る眼前の死を待つ目色の如く暗い濡れ色をしていた。駅のホームには__の他にも頭数いくつかが列車の到着を待っている。
好きじゃないのに
今日卒業式だった!卒業した!四月から高校生なんやばい
過ぎ去った日々