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1/27/2024, 10:12:14 AM

山にはお天狗様が住んでおられる。
だからいつもは山に近づくことはない。
なのに、今まさにその山でさまよっているのは、他でもないお天狗様のためだった。
噂に聞くばかりで本当にいるかもわからないのに、それでも探し続ける。
峰に沿うように移動していると、古寺についた。
境内に立派な柿の木が生えていて、夕日のような実がひとつなっていた。
その柿の実が落ちてきて、手の中のものにぶつかる。熟していたそれは、持ち物をだいなしにして四方に飛び散った。
ひどく気分が落ち込んでしまった。
うずくまって嗚咽を漏らす。

いつの間にか眠ってしまったようだ。
足元に置いておいたはずの、柿まみれのものはそこにはなく、慌てて周囲を見回す。
寺の縁側に、大きな影が座っていた。

お天狗様だ。

お天狗様は、柿に圧されてぐじゃぐじゃになったそれを食べていた。嫌な顔ひとつしない。
見ているこちらに気づいたお天狗様は、威厳に満ちた声で言った。
「おいしかったぞ、豆腐小僧」
僕は柿でだいなしになったはずの豆腐を食べるお天狗様を見て思った。

お天狗様は、優しいお方だ。

1/26/2024, 10:46:44 AM

子供の頃は8時くらいに寝ていたのが嘘みたいに、今では夜12時まで起きている。
やることといったらもっぱら創作活動だ。
かつては親がやっていたことを、私が受け継いでいる。
色の調整が大変なのだ。
あと数時間で完成させなければいけない。
絵の具を混ぜ合わせる。
この色が雲に反射してあの色になるように。
早起きの人々の頬をこんな色で照らせるように。
色を作り終えたら、早速太陽に塗りにかかる。
朝焼けを作るのは大変だが私は好きだ。

1/25/2024, 10:53:13 AM

片方は安心、片方は不安。
秤の両側のように我らはいつも二つに分かれていた。
今日は相方は不安、我は安心であった。
昨日は相方は安心、我は不安であった。

相方は不安で仕方ないのを胸に押しとどめ、ぎゅっと耐えていた。
我はその姿を見るのが辛い一方で、不安がない状態で安心感に包まれている。

昨日、不安だらけだった我は、相方にすがった。
相方は、何でもないかのように我の不安を貰っていってくれた。我は安心し、相方は不安でまみれた。
その不安は今も尾を引いている。

扉が開いた。
番人が我らに問いかける。
相方が応えた。番人に連れていかれる。

扉が閉まる。

分厚い壁の向こうに何があるかを我は知っている。
我らは日に一回、どちらか片方がそこに連れていかれる。

冷たい壁は音をさえぎるが、相方の苦悶の声が胸の内で響いた。
拷問を受けている相方の姿を抱くように膝をかかえてうずくまる。

拷問の時間になるまで、我らは安心と不安のどちらかに支配される。今日は相方が不安で、我は安心。

しかし、時間が来てからは、もう関係ない。
我も相方も、抱えきれない感情に耐えるしかない。

1/24/2024, 10:10:24 AM

逆光のせいで彼が黒く型抜きされる。
彼は歩いている。

その姿はまさに、プロジェクトX。

1/23/2024, 11:15:11 AM

こんな夢を見た。
もったりとした水面に仰向けで浮かんでいる。
表面の粘膜はぴんと張っていて、自分の周りだけ、自分の輪郭に沿ってくぼんでいた。
それ以外は、スクリーンのように平坦だ。
平原からのぞむ地平線はここにある。そう思った。
旅人たちは、いま自分がいるこの場所に、夕日が沈むのを見て、雲の行く先を見送るのだ。
顔だけ動かして遠くを眺める。何もない。
ここから歩いていけば、草原に出るか、もしかしたら浜辺に出るかもしれない。
地平線から見る、地平線。ちょっと可笑しかった。
遥か遠くで旅人たちがこの地平線のゴールに焦がれているのが想像できる。彼らはたそがれているはずだ。
行ってみよう、そう思って身を起こす。
こもった音がして、水面下へ体が呑まれた。自分を支えてくれていた膜が破れてしまった。
重みに従って沈んでいく。
苦しくはなかった。視界は澄んでいた。
頭上の破れた膜はもう塞がっていた。
自分はてきとうな方角へ歩いた。水面なのに、歩くことができたのだ。
水面に地平線はない。ちょっと寂しい気分になった。
地平線を目指す旅人を迎えに行こう、自然とそう決めた。
目覚めると、そこは家のベッドで、窓を開けるとたくさんの建物が見渡せた。
建物を透かして、地平線を夢想した。

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