山にはお天狗様が住んでおられる。
だからいつもは山に近づくことはない。
なのに、今まさにその山でさまよっているのは、他でもないお天狗様のためだった。
噂に聞くばかりで本当にいるかもわからないのに、それでも探し続ける。
峰に沿うように移動していると、古寺についた。
境内に立派な柿の木が生えていて、夕日のような実がひとつなっていた。
その柿の実が落ちてきて、手の中のものにぶつかる。熟していたそれは、持ち物をだいなしにして四方に飛び散った。
ひどく気分が落ち込んでしまった。
うずくまって嗚咽を漏らす。
いつの間にか眠ってしまったようだ。
足元に置いておいたはずの、柿まみれのものはそこにはなく、慌てて周囲を見回す。
寺の縁側に、大きな影が座っていた。
お天狗様だ。
お天狗様は、柿に圧されてぐじゃぐじゃになったそれを食べていた。嫌な顔ひとつしない。
見ているこちらに気づいたお天狗様は、威厳に満ちた声で言った。
「おいしかったぞ、豆腐小僧」
僕は柿でだいなしになったはずの豆腐を食べるお天狗様を見て思った。
お天狗様は、優しいお方だ。
1/27/2024, 10:12:14 AM