この場所で死ぬまで生きていたい。
山に囲まれて、外の世界を知らなくても。
見渡す限りの緑と茶と青に包まれて、走り回っていたい。
この世界の広さだとか、見たことのないものだとか、そんなのはどうでもいい。
有限な小世界で、自然に生きて、当たり前のように死にたい。
あと、彼らが、あの人がいれば。
あの人といれさえすれば、どこでもいいや。
誰もがみんな、美しい景色を見て生きていたい。
昼は青々とした原野を見渡しながら深く息を吸い込み、
夕方になったら日が沈むのを見届けて、
夜には濃紺の風呂敷のような空に映える月を眺めてひんやりしてそうな雲を追い、
朝になったら物語の始まりを思う。
多分みんなそんなことをしたいと思っているのじゃないか。
それだけをして生きていきたい。
花束の中に、小さな蜂がいた。
筒状になったチューリップの中にこもったまま、私のもとへ届いたのだろう。
居眠りから目覚めたみたいに、ゆっくりとした動きで花びらの内側を登ってくる姿は愛らしい。
窓を開けて花束をかざしてやると、蜂はかえって花束の奥へ潜ってしまった。
束を下向きにしたり横にしたり、振ったりなど試行錯誤しながら蜂を出そうとしていると、ぱさりと何かが落ちた。
メッセージカードだ。運んでいるうちに花の隙間から茎の方へ落ちてしまっていたようだった。
カードを拾うと同時に蜂は出ていった。
メッセージカードには「誕生日おめでとう」と簡単な文が書かれていた。
その語尾には蜂が上を歩いたのか、黄色い花粉がついていて、どことなくハート形に見えた。
スマイルに満たされる。
皆が私を囲んで笑顔を浮かべている。
輪になって、前から、横から、後ろから、斜めから。全員が私を見るだけで幸せそうにしている。
そのうち手を繋いでぐるぐる回りだしそうだ。
彼らの顔は燃えている。
違う。炎の明かりを照り返しているんだ。
明かりが、熱があれば人は幸せだ。
しかし私には熱すぎる。
足元から頭へと灼熱が昇ってくる。
早く解放されたい。
だけど私の足と手と胴を柱に縛りつける縄はぎりっと肉を締めつける。痛いはずだがに熱さでそれどころではなかった。
私が叫ぶほど、苦しむほど、彼らのスマイルは深くなる。
きっと燃え尽きても彼らは笑い続けるだろう。
死にたいけどダメだと心が咎めるとき、あることを決めた。
読まずに積んだままの本を全部読み終わること。
大好きな小説のシリーズ二作品がどちらも完結するのを見届けること。
書きたい小説を最後まで書ききること。
この三つをやり遂げたら、死んでもいい。
そのときに死ぬ気がなかったら生きていればいい。