それでいい
忘れ物をして急いで教室に戻る。
教室に人の気配があって入るのに躊躇っていると、私の名前が聞こえて扉を開ける手を止めた。
「あいつってさ、化粧濃すぎてケバいよな?」
「あーたしかに、キャバ嬢みたい。」
クラスメイトの男の子達が私の話をしてる。
私は息を潜めて扉の死角に隠れて盗み聞きした。
「あいつの母ちゃん有名なデリ嬢だったの知ってる?」
「え?マジ!?じゃあ、頼めばヤらせてくれっかな?」
「ほんと、お前はそれしか考えてねぇよな、猿だわ猿。」
悪意ある言葉と笑い声に胸が苦しくて泣きそうになる。確かにママは褒められた仕事をしていたわけじゃないけど、立派に私を育ててくれた。化粧だってママが教えてくれてすごく気に入ってるのに。
ガタッと大きな音をたてて男の子がひとり席を立つ。
「…くだらない。胸糞悪いから帰る。」
グループの1番目立つ子だった、その子は最後まで私の悪口を言うことはなかった。
扉を開けられ不意にその子に見つかってしまった。
「あっ…。」
彼は私に声を出させないように口に手をあてて、シーッとジェスチャーした。
そのまま扉を閉めると私の手を引いて教室から遠ざかる。しばらく歩いて渡り廊下に出た。
「ごめん!明日、あいつらにも謝らせる。酷いこと言ってごめん。お前にもお前の母ちゃんに対しても。」
私は驚いて口を閉じたまま首を横に振った。
「俺は……その化粧、似合ってると思ってるよ。お前はそのままで大丈夫。それでいい。」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓はドカン!って爆発したみたいに大きく跳ねた。
1つだけ
『1つだけ、約束して───。』
何を約束したのか忘れた。
なんだったっけ?誰だったっけ?
死に際になって、なんか思い出した。
人を殺すことを生業にしてるのに、いざ自分が死ぬとなると恐怖心がでてくる。
ようやく思い出した。昔組んでた相棒の最期の言葉だ。
私の腕の中で安らかに亡くなった。
相棒はこんな仕事にしては気の弱いやつだった。
殺した後に毎回「安らかに。」と手を合わせるような人間。
だから死んだ。
そんなあいつは最期に、
『1つだけ、約束して。私が死んだら、あなたは必ず足を洗って。だって、あなたには人殺しなんか向いてないもの。そんな泣き虫じゃ。』
そう言って震える手で私の頬を伝う涙を拭ったんだった。
「ごめん。約束破った…。地獄で待っててな。すぐ行く。」
大切なもの
長く生きると大切なものが増えていき、その分、失うことも増えていく。
初めて大切なものを失ったとき、その衝撃は大きくて心にぽっかり穴が空いたようだった、けれど次第に失うことを経験していくと、穴が大きくなっていく。
「大切なものを失う事に慣れてはいけない。」と誰かに言われた。
別に慣れた訳じゃない、心が穴だらけで使い物にならなくなって、大切なものを失うことへの恐怖に鈍感になっただけ。
エイプリルフール
俺の友達の姉の話だ。
友達の姉は超がつくほど凶暴な女で。
友達は昔から口喧嘩でも取っ組み合いの喧嘩でさえも勝てなかったそうだ。
そんな姉から今度結婚すると連絡があり、友達は
「あんな怪獣みたいな女でも結婚とかできるんだ。」と度肝を抜かれていた。
しかし連絡を貰ったのが4月1日だったらしく、なにかを察した友達はすぐさま姉に返信したらしい。
『結婚おめでとう。素敵な嘘だな。ゴリラ姉貴。ハッピーエイプリルフール!!!』
それからすぐ、姉からひと言だけ返信が来たらしい『事実だ。殺す。』と。
その後、俺はその友達と連絡が取れなくなってしまった。
エイプリルフールだからといって全てが嘘だとは限らないということだ。
幸せに
母が亡くなった。最愛の母が。
わたしは病室で母の最期の言葉を聞いた。
「……幸せになってね。幸せに。」
わたしは泣きながら、その言葉に何度も頷いた。
それからその言葉は私を縛る呪いの言葉になった。
ことある事に「幸せにならなくちゃ。」と焦る。でも次第に幸せがなんなのかわからなくなっていった。
「お母さん…お母さんがいない世界に幸せなんて、なかったよ。だから、私もそっちに行こうと思う。」わたしは、そう呟いて天井から下がるロープに首を通した。
「幸せに、なる、ね゛ッ……。」